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第485話
深々と頭を下げ続ける弘樹に、俺が返せる言葉は少ないけれど。
「任せとけ、お前は余計な心配しなくていい。アイツのコト傷つけたくねぇーなら、お前はお前らしく星の前では笑ってやれ。それと、無理はすんな」
「……白石、サン」
俺の声に反応して、ゆっくりと頭を上げた弘樹に小さな笑顔が戻る。少しだけ和らいだ弘樹の表情に安堵しつつ、俺は気にしていたことを弘樹に伝えていく。
「お前は、部活もあんだろ。プロ目指してるワケじゃなくても、目標があんならしっかり取り組め。お前は、西野とどうこうしてる暇なんてねぇーはずだ」
「そうッスけど、でも今のままじゃ西野が……」
「星を守ってやってほしいとは言ったけど、俺はお前に自己犠牲しろとは言ってねぇーぞ。お前の中で大事なもの、もう一度よく考えろ」
近い将来、何かしらサッカーに携わる職に就きたいから弘樹はスポーツ学科を選んだと、星が前に話してくれたことを思い出す。そんな目標がある弘樹には俺のように、周りの環境で夢を諦めてほしくはない。
それに、西野のことをコイツが一人で抱え込むには話が重過ぎる。弘樹と話しながらも、もしものことを考え、俺が連絡を取るべき相手が頭に浮かんだ。
面倒だが、俺はこのあとソイツに直接会いにいこうと決め、煙草の火を消していく。手首に巻いた時計で時間を確認すると、時刻は23時前。ソイツに連絡を入れずとも、この時間なら会えると思った俺は、考え込む弘樹へと視線を移し苦笑いした。
「今はまだ目の前のことに精一杯で、先の未来なんて見えねぇーのは当然だと思う。お前の気持ちはよく分かったし、星のために動いてくれたことは感謝してる」
「じゃあ、俺はどうすりゃいいんッスか。こんな付き合い方、俺も西野も辛いだけだって……セイにも言われたけど、俺もうどんな顔してればいいのかわかんねぇもん」
考えたって分からないとでもいうように、重たげな頭を傾げて俺に問う弘樹。今まで必死に強がっていた仮面が剥がれたのか、弘樹は膨れっ面で子供のような態度を取る。
「俺の言い方が悪かったな。お前は、お前らしく笑ってろって言っただろ。お前が楽しく感じるコトを、今まで通り楽しんでりゃいいんだよ」
バカな弘樹には裏表がない分、感情のほぼすべてが表に出てしまうだろうから。だったら、楽しいことだけを考えて行動している方がいい。
「俺が楽しく感じること……とりあえずボール蹴って、走り込みしてみます。三年の先輩が夏に引退したあとから、俺レギュラー入りしたんで」
ニカッとはにかみ今日一番の笑顔を見せた弘樹は、本当にサッカーが好きなヤツなんだろう。コイツの中では星が一番、サッカーが二番、もしくは同率首位くらいの感覚で、大事なものが確かに存在する。
このあとも少しのあいだ、落ち込んでいた弘樹と話し込んで。いつも通りの笑顔とテンションで家へと帰る弘樹を見送った俺は、その足で煩いオカマがいる店に向かった。
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