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第486話

もう幾度なく訪れている、店の扉を開ける。 昼間の営業の時よりも暗く落ち着いた雰囲気の店内には、数名の客がまだ各々食事を楽しんでいて。カウンターの一番奥、昔から座り慣れている場所が空いていることを確認した俺は、何も言わずに席に着いた。 「いらっしゃい……あら、随分とお疲れね。星ちゃんと、何かあったのかしら?」 そう言ってカウンター越しで笑うランは、俺の異変にすぐ気づくヤツで。おしぼりより先に磨かれた灰皿を差し出してくるところが、コイツのさり気ない優しさだということに気づかされていく。 そうして、俺はランの問いに肯定の意味を持つ苦笑いを返して。とりあえず煙草を咥えた俺に、店内に残る客が帰るまでの時間を潰せるよう、ランから提供されたドリンクはホットコーヒーだった。 疲れた身体に沁み渡っていく温かなコーヒーの味、苦味と酸味が混ざる豆の香りに癒されていく。 星が通う高校の教師と、面識があるラン。 いつだったか、星のことで酷く嫉妬したソイツに頼りになりたくはないが、西野の件に関しては学校内の問題で。もしものことがあった場合、俺じゃどうにもできそうにないから。 そう思い訪れた俺の心を見透かすように、一仕事終えたランは、穏やかな笑顔を俺に向ける。そんなランにまずは事の詳細を伝えてやると、ランは小さな溜め息を漏らした。 「そう……星ちゃんの周りで、そんなことがあったの。虚しい話だわ、なんだか同情もできないわね」 十人十色でさまざまな人間がいることは、誰しもが頭の片隅で理解はしている……ただ、それはつもりなだけなのかもしれない。 実際に、こうして自分の身の回りで厄介事が起きてしまうと、流暢に構えていられないのが人間なんだろう。 それは、ランも同様で。 あからさまに声のトーンを落としたランは、西野の生き方を残念に捉えたようだった。 「その子が本来望んでいる愛情はきっと、親からの情だと思うわ。星ちゃんや親友の子を巻き込んで欲しがっても、得られるものではないのが現実よ」 「知ってる……けど、星のダチのコトだし、俺がどうこう言える話じゃねぇーだろ。ただ、アイツが今後、巻き込まれないようにはしてやりてぇーんだ」 客がいなくなった店内に、ランと俺との会話だけが静かに響いていく。いつ間にか冷めきってしまったカップの中のコーヒーを飲み干し、呟いた俺を見るランの瞳は哀しげだった。 「なるほどね、それで……貴方がここまで来た目的は、ただの悩み相談なんかじゃないでしょう?」 空になったカップを下げ、吸い殻が三本溜まった灰皿をキレイなものと交換して。俺に問いかけてきたランを流し見ると、新しく咥えた煙草に火を点けた俺は、揺らぐ煙に眉を寄せる。 「お前にしか頼めねぇーコトがあんだよ、ラン」 真っ直ぐに捕らえた、ランの瞳。 ランがこの言葉に弱いことを、俺はよく知っている。ふわりと頬が緩んだランの笑顔が、俺とコイツの付き合いの長さを物語っているように思えた。

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