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第489話
次の日。
予定通りに光と会い、いつも通りに飲み屋に向かった俺たちは、互いにアルコールが入ったグラスを持ち、何も言わずにソレを合わせた。
「昨日はびっくりした……急いで家帰ったら、せいがすごい早さでキューブ回してたんだもん」
お疲れとも美味いとも口にせず、相変わらず水のようにビールを飲んだ光からの言葉に俺は問いかける。
「……キューブ?」
「うん、ルービックキューブ。ユキちゃん知らないの?せいの特技だよ?早いときは1分かからずに、全部揃えちゃうの」
「アイツ、そんなコトできんのか」
始めて知る、星の新情報。
真剣にルービックキューブで遊んでいる星くんが頭に浮かび、そのうち毛糸玉を転がす仔猫にイメージが変わっていく。なんともアナログすぎる遊びではあるが、何をしてても可愛いヤツだと俺の脳内は勝手に切り替わっていた。
「遊んでるの久しぶりに見たんだけどね、あの手つきだけはいつ見てもいやらしく感じるから不思議」
「お前なぁ、遊んでる弟どんな目で見てんだよ」
「ユキちゃんも、機会があれば見せてもらうといいよ。せいのあの手つきは、ホントにえっちぃから。まぁ……ユキが見ることは、ないと思うけど」
「どういう意味だ、ソレ」
キレイに染められた金髪に指を絡め、俺を見て笑っていた光の声色が変わる。ゆっくりと逸らされた視線はグラスの中で消えていくビールの泡を見つめて、口を開いた光は切なそうに声を漏らす。
「せいがキューブ回して遊んでるときってのは、思考停止状態だからね……せいはお人形だって、前に言ったでしょ?昔から友達にからかわれてばっかだったせいが、ひぃ君とも俺とも会えない時間に遊んでたオモチャがキューブなの」
他人には人見知りで内気だとは思っていたが、幼い頃の星くんはどんだけ寂しいヤツだったんだ。
俺の想像をはるかに超える孤独を抱えていたらしい星の過去を知り、心に感じた痛みを誤魔化すために煙草を咥えた俺と話を進めていく光。
「最初は独りの時間を埋めるために遊んで、そのうち考えなくても揃えられるようになって……今はね、何も考えたくないときにだけ、触れるオモチャに変わっちゃったの」
「ソレが特技ってどーなんだ、虚しすぎんだろ」
役に立たない特技は世の中いくらでもあるが、特技と呼べるようになるまでの過程があまりにも寂しすぎる。
自然と集中できるよう作られている玩具のはずが、考えずとも解けるようになるまで、遊び尽くされた玩具。
「考えたくないときにしか触れてないことに、あの子は自分で気づいてないから。でもね、料理始めてから好きなことに出会えて、高校上がってすぐにユキと付き合うようになって……それからは一切、遊んでる姿を見てなかったんだけど」
そこまで言って、一旦途切れた光の言葉。
手のひらサイズのオモチャに隠された、光だけが知る星の本心を……俺はこのあと、知らされることになる。
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