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第491話
「俺はね、せいのことはもちろん好きだけど、ユキのことも好き……だからそんな顔しないで、ユキ」
光が俺にみせた優しさは、何時ぞや星に言われた言葉と同じで。俺を真っ直ぐ見つめた光の瞳には、薄く笑みが零れた俺の姿が映る。
「大丈夫、せいは俺たちが思ってる以上に強い子だよ。俺とは違って、誰よりも優しくて強い心をあの子は持ってるから。きっと、大丈夫」
そう言って俺に微笑みかける光の姿は、悪魔より天使の方が似合っているように思えたのに。一瞬だけ天使に化けた悪魔はすぐに、隠しきれない角を覗かせた。
「ここに優がいたら、気持ち悪いどころの騒ぎじゃなくなるね。そこに酒なんか飲ませた日には、俺以上にユキちゃんにボロクソ言い出しそう……もったいないことした、優も連れてこればよかったなぁ」
呟かれた言葉にはもう優しさの破片すら残っておらず、光のニヤリと上がった口角がその場の空気を一変させる。
「俺は、お前らのオモチャじゃねぇーんだけど」
「似たようなもんでしょ?なんだかんだ言っても、ユキちゃんは俺たちに付き合ってくれるもの。好きだよ、ユキちゃん!」
今度は悪魔から、完璧な王子様と化した光。
そんな光の空気に呑まれ、コイツにはいくつもの顔があることを再確認させられる。
お前が落ち込む必要はないと、それぞれの顔で語りかけるような光に、素直に感謝を述べることができない俺は、話題を光中心のものへと変えた。
「ソレは優に言ってやれよ、アイツは常にお前だけに従順な執事だからな。たまには、素直になってやったらどーなんだ?」
「優には、言葉で伝えなくても伝わるからいいの。それに、かなり前にユキのことは消化させてあるから大丈夫」
「意味、わかんねぇーわ」
「高校入学して、俺たち三人ともクラス一緒だったじゃん?当時の優はさ、俺がいるのに雪夜に構うなって、ユキに妬いてたの」
あの優が、光の前でそんなことをボヤいていたとは驚きだ。
「ユキってさ、昔からすごくルックスいいのに気取らないし、飾らなくて……他人にまったく興味ない人間だから、それが面白くてね。俺はユキを手放す気ないからって伝えたら、少しの間いじけてた」
「なんか意外だな、優にもそんな時期があったなんて。今のアイツからじゃ、考えられねぇー話だ」
「まぁ、でも……優は俺より優れた人間だからね、シャレみたいで笑えないけど。優は自分自身で、ちゃんとユキのことを認められるようになったよ」
「今じゃ、そんな感情通り越して優は悟り開いてるようなもんだろ。お前にとって、優秀な執事には変わりねぇーってコトか」
今以上に、俺たちがまだガキだった頃。
光に好奇心がなければ、俺たちは今こうして顔を合わせていないだろう。
互いに素直さを持ち合わせていない俺たちは、表の言葉に添えられた裏の想いを感じ取る。
言葉で伝えずとも、伝わる想い。
でもソレは二人にとって、口にすることが許されない優と光だけの約束事のように思えた。
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