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第504話
「雪夜、私はどんな時でも貴方の味方だけど、今は星ちゃんの味方でもあるの。今回の件に関しては、星ちゃんを一番に思っての選択……さて、貴方はどうするのかしら?」
忙しい日々の中で、星のことを考え動いてくれたランには感謝している。その気持ちを素直に言葉にすることはなくても、ランは分かってくれるヤツだから。
「どうするもナニも、俺のコト西野にバレてんなら会って釘さすしかねぇーだろ……ったく、厄介な野郎にもほどがあるってんだ」
「釘を刺すのはいいけれど、ほどほどになさいよ……相手はまだ未成年なんだし、貴方が加害者にならないように振る舞いなさい」
「分かってる、つもりではいる……けど、それは西野の態度次第だ。女じゃねぇーしな、殴っても問題ねぇーだろ」
「大ありよ、大問題だわ。絶対に暴力を振るっちゃダメ、いいわね?」
「ハイハイ、ワカリマシタ」
ブツブツ文句を言いつつ、たたまれた紙切れを広げ、俺はカウンターに頬杖をつき、書かれている内容をぼんやりと眺めてみる。横島からの伝言として残されたらしいソレは、丁寧なランの字で書かれたものだったが。
書かれている日時や待ち合わせ場所は、西野本人が決めたものなんだろう。2月14日、時間指定は16時。待ち合わせ場所は、駅の金時計の前って。
……会いたくて会うワケじゃねぇーのに、なんで俺がクソガキに合わせなきゃなんねぇーんだよ。
西野に振り回されるのは御免だが、ソレを変更するためにわざわざクソガキに連絡するのはもっと御免だと思った俺は、広げた用紙を元通りにたたみ直してジーンズのポケットに突っ込んだ。
「バレンタインの日に謝罪ってのも、なんだか虚しい話ね。お菓子会社の企みに乗せられる私たちも、充分虚しいのかもしれないけど」
「チョコ贈るのなんか、日本人だけだろ。恋人たちの祭日に、聖人として選ばれた男の名前がバレンタインだ。神の御加護なんて信じちゃいねぇーからどうでもいいけど、悪魔が懺悔するには丁度いい日なんじゃねぇーの」
「あら、良く知ってるじゃない。愛を説いて処刑された司祭が聖バレンタインよ、貴方の例えでいうなら雪夜は皇帝のクラウディウス二世ってとこかしら?」
ローマ帝国皇帝、クラウディウス二世。
その昔、兵士たちの婚姻を禁止していた皇帝だ。ソレに逆らい悩める兵士達のために、極秘で結婚式を行っていたのが、バレンタインだと言われている。
自分の命令に反した行為を行うバレンタインを処刑した皇帝は、祭りの生贄としてバレンタインを捧げるべく、あえて聖人としたそうだ。
その処刑日が2月14日、自分の命と引き換えに最後まで愛を説いたバレンタインにちなんで、恋人たちが愛を誓い合う日になったんだと、前に心理学の教授が話していたけれど。
どちらかといえば。
生贄になるのは西野じゃなく俺の方なんじゃないかと、一瞬思ったそのイヤな予感は、後に起こる出来事の予兆だったのかもしれない。
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