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第510話

一歩ずつ、誰だか分からぬ相手を確認しようと動いていく足が重い。でもこんなとき、見たくなってしまうのがきっと、人間ってやつなんだと思う。 怖いもの見たさからか、止まることのないオレの足。それが数秒後には動かなくなることも知らずに、オレの視線は雪夜さんの後ろ姿から徐々にその相手を捕らえていた。 オレと同じ制服、オレよりも小さな体。 その人物は、オレがよく知る人で。真新しいビニール傘の中、雪夜さんの腕に抱かれていたのは、西野君だった。 反射的に逸らそうとした視線、動かない身体と止まりそうになる呼吸。 目の前で起きている出来事を滲ませていくのは、溢れ出した涙で。揺らいだ視界の中にいる雪夜さんを見たくはなくて、やっとの思いで瞼を閉じれば、ソレは当たり前のように零れ落ちていった。 頬に伝う温かなものが、首に巻いたマフラーに辿り着くころには冷え切っていて。無意識に唇を噛んで、押し殺していた息が漏れていく。一気に吸い込んだ空気は冷たくて、動かないと思った身体は何とか浅い呼吸を繰り返した。それでも、ぎゅっと閉じた瞼の裏には二人の陰影が残されたまま消えてはくれなくて。 もう一度、ぼやけた世界に広がった光景は変わることのない現実だった。 動け動けと何度も頭の中で叫んで、ようやく一歩動いた足は逃げるように後ずさる。積もった雪に足を拐われそうになりながら、二人の姿に背を向けたオレは、吹雪の中を歩き出した。 「ぅ…はぁ、っ…」 ついさっきまで銀世界の中を楽しみ、温かく感じていた身体は一瞬で冷えきり凍えるような寒さが襲う。 チョコレートショップに入る前は、そこまで吹雪いていなかったのに。変わりやすい天気のように、掻き乱されたオレの心はもうぐちゃぐちゃだった。 全身に降りかかる雪が身についているものすべてを濡らして、ポタリと落ちていく雫が雪なのか涙なのかさえ分からない。 きっと、数秒の出来事だったはずなんだ。 ひょっとしたら、0コンマ1秒くらいだったのかもしれないけれど、それは永遠のように長く感じた瞬間だった。 ……なんで、どうして。 雪夜さんと西野君が、抱き合っていたの。 あんな道の真ん中で……しかもこんな、バレンタインの日に。 あの腕の中に収まっていいのは、オレとステラだけだから。大好きな人に、友達が抱きしめられているなんて有り得ないんだ。オレだけの雪夜さんなのに、西野君の恋は応援しようと思ったところだったのに。 何度も、何度も。 違う、違う……って、否定しても。 頭の中で、二人の姿がグルグルと回って目眩がする。その二人が確かに雪夜さんだったこと、西野君だったこと……認めなくない現実だということが、とても苦しかった。 オレは、真っ白な街並みをただトボトボと歩いていく。すれ違う人たちに後ろ指されているとも知らず、取り残された世界に独り漂うオレの目には、真っ黒な闇しか見えなかった。

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