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第511話

やっとの思いで、ようやくたどり着いた家。 母さんも父さんも、兄ちゃんもいない家の鍵を開けて中へと入ったオレはリビングへ向かう。 お気に入りのダッフルコートと、雪夜さんがくれたマフラーは濡れてしまっていて。いつもよりもずっと重く感じる服を脱ぎ捨て、オレはバッグの中から母さんへのチョコレートが入っている紙袋を取り出した。 全身、雪で濡れてしまったけれど。 チョコレートの包みは濡れることなく、綺麗な包装のままで。そのことに小さな安堵感が溢れてきたけれど、それもすぐに消えてしまって辛かった。 「……ごめんね、母さん」 本当はちゃんと顔を見て、ありがとうって伝えたかったけれど。もうすぐ仕事から帰ってくるはずの母さんに、今のオレの姿は見せたくないから。そっとリビングのテーブルの上に紙袋を置いたオレは自室で独り、引きこもることにした。 母さんへの感謝の言葉は、LINEで送って。 制服を脱いで適当な部屋着に着替えたオレは、ベッドに転がり頭から布団を被る。 「っ、はぁ……もぅ、なんでっ」 家に着く頃には止まったはずの涙が、また溢れ出してきて苦しくなってしまった。ぐすんと鼻を啜り、ショックで混乱している頭をどうにかして元に戻そうとオレは色々と考えてみた。 二人からは、何も聞かされていない今日のこと。オレに内緒で、雪夜さんは西野君と会っていたんだ。 きっと、オレには言えないような理由があって、あの二人は今日あの場にいたんだと思うけれど。 今日という日が特別かと訊かれたら、答えはイエスなのに。バレンタインの今日、何も渡さなくても会いたいって、雪夜さんに言っておけば良かったのかな。 甘いものが苦手な雪夜さんに、オレからチョコレートを渡そうとは思わなかったし、そもそも男のオレから渡すのはおかしいかなって思ったから……だから今日は、会いたいって雪夜さんに言うこともなく、オレは母さんにあげるためのチョコレートを買いに行ったのに。 どうして二人が会っていたのか、分からないんだ。どんな繋がりがあって、抱き合うように身を寄せ合っていたのかもオレには分からない。 弘樹が好きなはずの西野君と、オレだけの雪夜さん。でもそれはオレが思っているだけで、実際はそうじゃないのかもしれないと、そう思わずにはいられなくなってしまうような二人の光景が、焼き付いたまま離れてはくれない。 弘樹だったから、ステラだったから。 誰かも分からぬ不特定多数の人だったり、実際に雪夜さんが誰かとあんなふうにしているところを見たことがなかったから。 オレは今まで盛大に嫉妬もできたし、モヤモヤした思いを雪夜さんにぶつけることができていたんだと、オレは強く実感してしまった。 だって、おかしいんだ。 今のオレからは嫉妬とか苛立ちとか、そんな感情がどこかにいってしまって。オレはただただ、現実を受け止めるのが苦しくて……溢れる涙を堪えることすらできないんだもの。

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