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第515話

「セイがそこまで言うなら、そうするけどさ……なんかあったりしたら、すぐに教えてくれよ?」 少しの沈黙のあと。 腑に落ちない顔をしながらも、オレの頼みを聞いてくれた弘樹は、そう言ってオレの顔を覗き込む。 オレと雪夜さんを目撃した弘樹も、あのときはこんな気持ちだったのかなって。複雑な気持ちを抱えたまま平常心を取り繕うことが、こんなにも辛いことだったなんて、オレは思っていなかった。 「うん、分かった。ごめんね……でも、何もないと思う。弘樹、ありがとう」 似たような立場になってみて、初めて気づけた感情は心苦しいものだけれど。それでも、オレは西野君と少しでも離れていた方が落ち着けると思うから。オレは弘樹に感謝の気持ちを述べると、できる限りの笑顔で微笑んでみせた。 でも。 弘樹は納得できないのか、オレの前まできて道を塞ぎ、一旦足を止めてしまう。 「セイ……やっぱりお前まだ、体調悪いんじゃないのか?」 親友の優しさも、今のオレには困るだけで。 できるだけ早くオレから話題を逸らしてほしくて、オレは弘樹に話しかけると、オレの前に立ちはだかる弘樹の胸を押した。 「そんなこと、ないと思うんだけど……ほら、オレ元気だよ?」 「いや、でも」 「熱があった夜中のあいだは、ずっと兄ちゃんが看病してくれたし。もう、大丈夫……それよりさ、弘樹は滅多に風邪ひかないよね。やっぱりスポーツしてると、体が強くなるのかな?」 ホントは、大丈夫なのは体だけで。 雪夜さんと西野君を目撃したあの日から、オレの心は息もできないくらいに苦しいままなんだ。けれど、普段通りに過ごそうと、そう決めているオレは、弘樹の前でも元気なフリをする。 オレに押されても、弘樹の体はちっとも動かなかない。けれど、オレがそれなりに元気なことは弘樹に伝わったようで。 「あー、ちっさい時からサッカーしてるのもあると思うけど。俺は単純に、馬鹿なだけだと思う」 「馬鹿は風邪ひかないってやつ?」 オレの隣に並んで、再び歩き出してくれた弘樹に、オレは心の中でお礼を言いながら弘樹の話を聞いていた。 「熱出すことも滅多にねぇけど、俺が風邪ひいたらそん時は、賢くなった証拠なんだなって思うようにしてる」 「弘樹、その考え自体がおバカさんの発想だと思うよ?」 「それなぁ、俺も賢くなんねぇかな」 風邪をひいたら賢くなるなんて、どうしたらそんな思考になるんだろうと思うけれど、弘樹らしい発言にオレは笑ってしまった。 「少しは勉強すればいいのに。思ってるだけで何もしなかったら、今とちっとも変わらないじゃん」 「変わりたいけど、変わりたくねぇもん。賢くなるための努力するくらいなら、俺は走りまくってボール追っかける。その方が、有意義な時間だと思う」 「うん、やっぱり弘樹は弘樹だね」 きっと、これでいいんだ。 オレは……オレは、大丈夫だから。だから、オレの異変に、誰も気づきませんように。

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