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第517話
「やっ!!」
触れられて感じた変えられない事実に、頭の中が真っ白になる。瞼の奥で、何度もチラつく二人の影は重なったままだったから。
あの日、雪夜さんの腕の中にいたのはオレじゃなかったんだと、そう実感してしまったオレは雪夜さんを突き飛ばしていた。
苦しくても、辛くても、受け入れようと思っていたのに。拒んでしまったと思ったときには、もう遅くて。
恐る恐る顔を上げたオレの目に飛び込んできたのは、大好きな淡い色の瞳が哀しげに揺れた瞬間だった。
「星……」
それは、初めて見る雪夜さんの辛そうな表情で。何も言い出せないオレから視線を逸らした雪夜さんは、オレへと伸ばしていた手をコートのポケットにしまってしまう。
どんな雪夜さんでも、受け入れられると思っていた。西野君と何があったのかは分からないけれど、オレはそれでも、雪夜さんが好きだから……信じていたいって、思うから。
だから、大丈夫だって。
心のどこかで必死に耐えていた想いが、一気に崩れていく。
始まりは、オレに拒否権がない付き合いだったかもしれない。その代わりに雪夜さんの全部を教えてもらうって、忘れかけていた約束事が脳裏を過ぎる。
今、このタイミングで。
そんなことを考えても、もう意味がなかった。
雪夜さんに、あんな顔をさせるつもりなんてなかったのに。どんな雪夜さんでも大好きだって、思っていたはずなのに。それは、今でも変わらない気持ちのはずなのに。
雪夜さんを突き飛ばしたオレの両手を見つめて、溢れそうになる涙を堪えるために唇を噛み締めるけれど。噛んだ痛みより酷く感じる心の痛さに眉を寄せたオレから、距離をおいて呟いた雪夜さんの声がした。
「ごめんな、星」
謝るのは拒んでしまったオレの方なのに、言葉が出てこない。大好きな瞳を見ることもできず唇を噛んだままのオレは、ただ下を向いて黙り込むことしかできなくて。
「とりあえず、お前に会えて良かった」
雪夜さんのその一言で、堪えていた涙が一気に溢れ出す。忙しい時間を縫い、様子がおかしいオレに会うためだけに雪夜さんはここまで来てくれたのに。
……オレは、オレは、どうして。
一歩、そしてまた一歩。
オレから遠ざかる雪夜さんの足元だけが視界に残り、それもゆっくりと消えていく。何か言わなきゃ、謝らなきゃって、精一杯働いたオレの頭はやっと言葉を口にするけれど。
「あのっ……」
ごめんなさい。
信じたいから、行かないで。
今度はもう、拒んだりしないから。
だから。
だから、もう一度だけその手でオレに触れてほしい。愛してると囁いて、オレだけを抱きしめてほしい。
……オレは、雪夜さんが大好きだから。
「っ……ぁ、ごめっ…ん…うぅ」
想いを伝えるために用意した言葉が、上手く言えない。
苦しくて、苦しくて。
開いた口から漏れていくのは、呻きにも似た泣き声と、それとともに発せられた、謝罪の言葉だけだった。
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