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第519話
俺にとって、星は初めての相手と言っていい。
光に言われた通り、星は俺の初恋の相手だから。
正直、手探りでここまで築いてきた星との関係を失うのが恐い。確信なんてものはないが、星が俺から離れてしまうことは考えたことがなくて。それが現実で見え隠れする今、俺はアイツとどう接していけばいいのか分からなかった。
星が、俺を受け入れてくれることに安心していたけれど。考えてみれば、全てを受け入れることなんて出来るワケがない。
俺はどうして、そんな簡単なことにも気づいてやれなかったんだろう。
知らず知らずに俺はアイツに甘えていたんだと、そう実感してカウンターに突っ伏した俺に、ランは溜め息を吐き話し掛けてくる。
「雪夜、本当に何も心当たりはないの?貴方が、星ちゃんに嫌われるようなことをしたとか」
「それが分かってたら、俺こんなんになってねぇーんだけど。特に何かあったワケじゃねぇーんだ……この間泊まりに来た時だって、アイツは帰りたくないって俺から離れずに泣いてたくらいだし」
ランの顔を見ることはせず、俺はそう答えた。
視線の先にあるスマホは鳴ることのないままで、やはり俺の今回の選択は間違っていたんだろうと思った。
「星ちゃんは、本当にいつでも可愛いらしいのね。でも、それじゃあどうして、星ちゃんは雪夜を拒んだりしたのかしら……」
「俺に、なんらかの原因があんだろ。人の想いなんて移り変わるもんだし、情けねぇー俺に嫌気がさしたのかもな」
「それはないわよ。情けない貴方の姿なんて、星ちゃんは今までいくらでも見てきているはずだもの。それに、あの子は一度受け入れた雪夜のことを、簡単に嫌いになれるような子じゃないと思うわ」
ランから見た星は、そうなのかもしれないが。星本人に拒まれてしまった以上、ランの慰めも今はただ虚しく感じるだけだ。
「けど、全力で拒否られたんだ。俺が誰だか分かんねぇー時ですら、アイツは俺を拒んだりしなかったのに……嫌われたと思う以外、ねぇーだろ」
「それで、引いてみることにしたのね。今までずっと押し続けてきた結果が、今になって……これ以上星ちゃんを傷つけないように、距離をおいてみたと」
ランの言葉に小さく頷き、俺は顔を上げて煙草の箱に手を伸ばす。そこから一本取り出した煙草を咥えて火を点ければ、香る匂いに切なさが増した。
「外で話を聞いてやるには寒すぎるし、星くん風邪治ったばっかだし。だからって、俺が触れただけでイヤがったアイツを、車に連れ込むのは星が辛いだろ……だから今日は家に帰れって、そう伝えたんだよ」
「優しすぎるのね、悪く言えば甘すぎるわ。貴方が星ちゃんのことを一番に考えて、今日は話もせずに家に帰す選択をしたとしても、その優しさが仇になってしまうこともあるのよ」
言われた言葉の意味は、理解できる。
というより俺は今、ソレを身を以て体験している最中だから。鳴らないスマホがそのことを俺に強く実感させ、漂う紫煙はまるで行き場のない俺の思考を現すように宙に揺らいでいく。
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