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第520話
相手を優先し、思いやってやることの何が悪い。初めて人を愛したいと思った俺は、ずっとアイツだけを優先して、星だけを思っているというのに。
見事に俺の優しさが仇となって、愛しい相手を傷つけてしまった事実。俺が触れることで安心し、羞恥が混じった可愛いらしい笑顔を俺に向けてくれるアイツはもういない。
けれど。
その原因は、謎のままだ。
お互いに、謝罪の言葉を口にした。
だが、それが何に対しての謝罪だったのか……それすらも、俺はもう分からなくなって。
アイスピックと氷を持ち、オンザロック用の丸氷を削り出すランの手元を俺はぼんやり眺めていた。
「……丸い氷の意味、雪夜には話したことがあったかしら?見た目の美しさだけじゃない、もう一つの意味があること」
俺に視線を向けることはせず、静かに口を開いたラン。そんなランからの問いに、俺は煙草の火を消しながら答えていく。
「オンザロックの氷の役目は、酒を冷やすコト。氷が溶けて薄くなるのを楽しむもんじゃない。同じ体積の場合、最も表面積が少ない形状は球。ロックで丸氷を使うのは、できるだけ氷を溶かさずに酒を冷やすためってやつだろ?」
「そういうところは、充分大人なんだから……本来の意味はね、そうなのよ。オンザロックはスマートに、氷が溶ける前に飲み干すのが正しいわ」
まだ酒の飲み方を知らなかった俺に、美味い酒は美味いうちに飲めと教えたのはラン自身だ。大人だと言われても、今の俺にはどうでもいい知識なだけで。
「で、ソレがなんだっつーんだよ……んな知識あったところで、アイツの気持ちが分かるワケじゃねぇー」
角が削られた氷は、ランの手によって形が変わっていく。少しずつ球状に変化していく氷を見つめていても、俺を拒否した星の心は理解できないままだ。
しかしながら。
俺の返答に、ランは困ったように眉を寄せた。
「確かに、そうね……でも、今の貴方に必要な話なの。飲み手には、氷がゆっくり溶けていくのを楽しむ人もいるわ」
「けど、それじゃあ酒本来の味は楽しめなくなんだろ。薄めることが目的なら、ロックじゃなく水割りでいい」
「そうじゃないのよ。水割りだと薄すぎるし、ロックだと濃すぎてしまうから。その人からすれば、本来の楽しみ方は間違いに等しくなるけれど……飲み方の答えなんてのは、お酒と飲み手が決めればいいことなのよ」
……結局、このオカマは何が言いてぇーんだ。
「ねぇ、雪夜……貴方が初めて私に連絡してくれたとき、私が貴方に言った言葉を覚えているかしら?」
「散々悩んで、二人で答えを出せ……か」
一生を添い遂げる覚悟がなくても、本気ならその相手と沢山悩んで二人で答えを出しないなさいと。俺はあの時、ランにそう言われたんだ。
「恋愛において、正しい答えなんてない。貴方と星ちゃんで、二人だけの答えを導くしか方法はないわ。時にはお互い不正解でも、向き合うことを恐れちゃいけないのよ」
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