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第522話

当たり前のようにスピードを違反して、辿り着いた家の裏。サツがいなくて良かったと思う反面、優にとってはこれが日常茶飯事なのかと思うと、執事の苦労が身に染みた。 今すぐ会いたい、とか。 光と違い、星は無茶振りをしてくるようなタイプではない。むしろ俺のことを気遣い、無理はするなと優しく釘を刺してくる。 そんな星の兄に呼び出しを食らった俺は、基本的に心の内を明かさない男からの説教を自ら待たなければならない状況だ。 光の場合、怒りに任せて物を言うことは滅多にない。けれど、キレたらすぐに手が出る兄貴たちの方がマシだと思うくらい、冷静に人を追い詰めてくるアイツのキレ方は心臓に悪い。 しかも。 それが愛する弟の、星のこととなれば……その怒りは、間違いなく俺に向くだろう。 そんな悪魔に、とりあえず着いたことを連絡して。光を待つあいだ、つい数時間前に此処で起きたことを切なく思いながら、俺は煙草を咥えた。 車内に充満していく紫煙。 この香りが好きだと、そう言ってくれた星は眠りに就けているのだろうか。そんなことを考え、深く呼吸をした俺の元にやってきたのは妖しい笑みを浮かべた悪魔だ。 助手席に乗り込むことはせず、後部座席のドアを開けて。ルームミラー越しで俺を捕らえた悪魔の瞳は、怒りの色を隠しきれてはいなかった。 「この俺を待たせるとは、いい度胸してるねぇ……お前、家じゃなくてランちゃんとこいた?」 「……なんで分かんだよ?」 「いや、なんとなく。さてと、うちの弟泣かせてそのままほったらかした男の言い訳、聞こうか」 静かな車内に響く、悪魔からの言葉が痛い。 それでも、まずは俺の意見を聞く姿勢をとる光の冷静さは、良くも悪くもありがたいもので。 言われたことを否定する気もない俺は、鏡越しの鋭い視線を感じながらも事実を伝えることにした。 「言い訳もナニもねぇーよ、俺がアイツを泣かせちまった……俺の選択が間違ってたんだ」 アームレストに肘をつき、そう洩らした俺の声を光は黙って聞いていて。このまま話を続けることを選択した俺は、鏡越しの光を視界に入れながら声を出した。 「……なぁ、お前気づいてたか?星が風邪ひいた時くらいから、アイツ俺を避けてんだよ。それが気になって、今日会いに来たんだけど。俺が星くんに触れたら、アイツ嫌がっちまってさ」 「ユキは、せいの拒絶に怯えて逃げ出したんだ?それでランちゃんのとこにいたの……それはお前の情けなさに、せいが泣くのも当然だね」 「まぁ、否定はしねぇーよ」 「でも、なんでせいがユキを拒絶するの?俺てっきりユキちゃんがせいを突き放したのかと思ってた……あー、そっか……そういうこと」 「いや、一人で納得すんな。お前がその口振りってコトは、星からなんも聞いてねぇーのか?」 光が星からある程度の話を聞いているもんだと思っていた俺は、普段の声色に戻った光にそう声を掛けていた。

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