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第524話
「光、今から優んとこ行くぞ」
そう呟き煙草の火を消した俺に、一瞬きょとんとして幼い表情を見せた光。しかし、その瞳の奥にはやりきれない想いがある。今にも壊れてしまいそうな王子様の心を救えるヤツは、きっとアイツしかいない。
そう思い、光の返事を待たずに車を発進させた俺は、黙ったままの光にミラー越しで話しかける。
「星くんに俺しかいねぇーなら、お前には優しかいねぇーだろ。情けない俺に付き合ってくれた礼だ、ありがたく受け取れ」
「ユキ……」
「人の愛し方なんて、俺にはまだ分かんねぇーけど。大切なヤツ、二人も泣かせちまうような男にはなりたくねぇーんだよ」
「俺は、泣いたりしないよ。せいみたいに純粋な気持ちのままじゃいられないし、苦しい時ほど涙は流れてくれないものだからね。でも……ありがと、ユキちゃん」
人間の感情は、一つじゃない。
同時に沢山の想いを抱え込める俺たちは、その重さに悩まされてばかりいるけれど。それを支える相手もまた、その重さに耐えているんだと光を見ていて思うから。
光が兄として、星の前で笑えるように。
王子様を繕い続けるコイツの弱さに、唯一触れられることのできる優の元まで車を走らせていく。
その間、光と二人で星が俺を拒んだ理由の仮説をいくつか立てたなかで、一番有り得なくて……それでいて、一番合点がいくある説が俺たち二人に浮かんだ。
バレンタインの日。
俺が西野と会っていた時間に、星が母親へのチョコを買いに行っていたとしたら。偶然、俺と西野の姿を目撃していたとしたら……雪が降っていたあの日に星が風邪をひいたのも、その後に俺を避けるようにしていたのも納得がいく。
「有り得ねぇーけど、この説が濃厚そうではあるな……バレンタインのあの日から、星の様子がおかしかったのは確かだ」
「……偶然が必然だったりすることもあるでしょ、ユキとせいが出逢ったことみたいに」
「ただ、まだ仮説に過ぎねぇーだろ。そんなドンピシャなタイミングで、道路挟んだ向かい側にお互いがいたとは思えねぇーし」
「ある意味、バレンタインの奇跡なのかも……俺からせいに探り入れてみるから、そのうち詳細が分かるよ」
そう言った光の言葉を俺は信頼し、辿り着いた優ん家のマンションの前で、光を優へと引き渡す。
光が優と連絡を取り、俺の車までやってきた優は車から降りた光の肩をさり気なく抱いて、運転席で煙草を咥えていた俺に声を掛けてくる。
「雪夜、すまない」
「謝んの俺の方な、詳しいコトは光から聞いてくれ……ソイツ、王子の笑顔に戻してやって」
「ユキちゃんも、その情けない顔どうにかした方がいいよ?今のユキちゃんは性欲の塊の狼じゃなくて、愛に怯えた仔犬だからね」
「うっせぇーよ、じゃあな。優、後はよろしく」
「ああ、気を付けてな」
少ない言葉を交わし、そのうち消えていく二人の影を見送って。長く感じた一日が、ようやく終わりを告げた気がした。
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