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第530話

「ユキはずっとせいを待ってる、本当のこと……ユキに訊いてごらん。思ったことは言葉にしなきゃ、伝わらないこともあるんだよ」 優しく悟してくれる兄ちゃんは、そう言ってオレの涙を親指で拭ってくれる。その手の温もりに触れ、オレは本心を語る。 「でも……オレ、なんて訊いたらいいか分かんない。またオレが、雪夜さんを傷つけちゃうのが怖い」 もう、あの淡い瞳が哀しげに揺れる瞬間を見たくはない。どんな理由があるのかは分からないけれど、雪夜さんと西野君が抱き合っていたのは事実だし、もしもまた……大丈夫だと思い込んで、雪夜さんを拒絶してしまったら。 そう思うと、やっぱり会いたいなんて簡単に口にすることはできなくて。ウジウジと悩み続けるオレとは反対に、兄ちゃんはニヤリと笑っていた。 「いくらでも傷付け合えばいいのに、そのうち互いにできた傷が愛おしく想えるようになるんだから。ユキを傷つけて許されるのは、せいだけなんだよ?」 「そう、かもしれないけど……」 傷つけることを恐れちゃダメだよって、兄ちゃんに言われている気がする。だけど、雪夜さんが大好きだからこそ、オレは踏み込めなくて……あと一歩の勇気が出ずに、尻込みしてしまうんだ。 そんなオレの背中を押してくれる兄ちゃんは、わがままな悪魔の顔をして微笑んだ。 「俺ね、あんなに生気のないユキ初めて見た。いつもダラダラしててやる気はないけど、あそこまでユキをボロボロにできるのはせい以外にいないの。それって、すっごく素敵なことだと思わない?」 「……素敵、なの?」 「素敵でしょ?考えてごらんよ、ユキのすべてを操れるのはせいだけなんだよ?身も心もユキがせいに溺れてる、何よりの証拠だと俺は思うけどね」 兄ちゃんの考え方には、なんだついていけないけれど。でも、言われてみればそうなのかもしれないって、オレの中に眠る独占欲が静かに笑った気がした。 「俺から言わせれば、二人とも優しすぎるの。愛ってみんな簡単に言うけど、色んな想いが集まってできるものだと思う。嫉妬も、憎悪も、不安も、寂しさも、キレイな想いだけが、愛とは限らない」 トントンと、オレの胸をノックした兄ちゃんはそう言って小さな笑みを零す。オレと同じ色の瞳、それなのに兄ちゃんには色んなことが見えていて。 「ユキにはその気持ち、隠す必要ないんじゃないかな……そんな想い全部抱え込んででも、せいはユキが好きなんでしょ?それとも、せいはこのままユキとさよならする気?」 兄ちゃんの問い掛けに、オレはぶんぶんと首を横に振る。 「違っ……オレは、雪夜さんに会いたい。ただ、好きなだけだから、だからッ」 「よくできました。遠回りしちゃったけど、素直な気持ち……やっと言えたね」 オレの知らなかった愛の形を教えてくれた兄ちゃんは、素直になったオレの胸からそっと手を離して暖かな笑顔を見せてくれた。

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