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第532話
「……できた」
スマホを手に持ち唸りながらも、オレなりに考えた、果たし状みたいな文面を確認して。送信をゆっくりとタップしたオレは、ぎゅっと目を瞑り雪夜さんからの返事を待つ。
会いたいと、上手く伝えることができているのか分からない内容。
3月18日。
あと一週間とちょっとのその日に、オレは雪夜さんの家に行こうと決めた。
オレから拒絶しておきながら、会いに来てほしいなんて言うのは申し訳なさすぎるし、雪夜さんの予定が分からない今、断られてしまう可能性だってある。
それなら、オレが雪夜さんの家まで直接行ってしまおうと。そうしたら、雪夜さんの予定が把握できていなくても、オレが雪夜さんの帰りを気長に待つだけで、雪夜さんに会える。
雪夜さんが、わざわざオレに予定を合わせる必要もないし、オレも気を遣わなくて済む。だから我ながら、なかなかに良い案が浮かんだと思うんだ。
心の準備ももちろんだけれど、雪夜さんの誕生日には直接おめでとうって言いたいから。まだ日にちはあるけれど、オレはその日に雪夜さんのお家で待っていますとだけ送って。
返事が早く来てほしいような、そうでないような気持ちに振り回されつつ、オレが待っていた時間はたったの2分間だけだった。
勢いよく鳴り響いたバイブレーションに、心臓が飛び跳ねる。瞬きを何度か繰り返して、雪夜さんからの返信を確認したオレは、久しぶりの安堵感で胸がいっぱいになった。
連絡ありがとうと添えられた言葉とともに、オレと会うことを了承してくれた雪夜さん。まだ分からないことはたくさんあるけれど、オレは勇気を出してみて良かったのかもしれない。
さよならなんかしたくないし、今はまだ叶わない夢なのかもしれないけれど、オレはずっと雪夜さんと一緒にいたいから。
……これ以上、すれ違ったままの二人じゃイヤなんだ。
オレの背中を押してくれた兄ちゃんだって、優さんと色んなことを乗り越えて今があるって教えてくれた。だから少しずつ、一歩ずつでもいいから、オレと雪夜さんのあいだにできてしまった距離を埋めていきたい。
どんなことがあっても、やっぱりオレの好きな人は雪夜さん以外にいないんだ。
知りたいなら迷わず訊けばよかったことも、オレが関係を拗らせてしまったことも。散々一人で悩み込んで、結局は兄ちゃんに助けられたことも。
そのすべてが、大事な思い出になるように。
いつか、今のオレを越えて……このときのことが、オレと雪夜さん二人にとって笑い話になってしまうくらいに。
ぎこちなくなってしまった雪夜さんとのLINEのやり取りを何回か繰り返して。久しぶりに交わすことのできた、おやすみなさいのひとこと。
目の前のことで頭がいっぱいで、オドオドしちゃって立ち止まったままだったけれど。ようやく前を見て、少し動き出したオレは、数週間ぶりに穏やかな眠りに就くことができたんだ。
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