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第534話

二度も同じ相手にぶつかって、その上階段から落ちそうになるなんて、どんくさいと言われても仕方がない。すぐに体勢を整え夏目君から離れたオレは、これでもかってくらいに頭を下げる。 「あのっ、あの……本当に、ごめんなさい」 なんとも気まずい空気感に包まれながらも夏目君に助けてもらい、ごめんなさいと繰り返すオレに、夏目君は笑顔を見せて。 「お前、謝り過ぎ。そんなに悪いと思ってんなら、コレ教室置きに行ったあと、お前俺に付き合え」 「へ?あ、はい。すみません」 無意識のうちに出てしまう謝罪の言葉に、夏目君は苦笑いして。踊り場から再び階段を上り始めた夏目君は、突っ立ったままのオレに声を掛けてくる。 「謝んなっつーの。ほら行くぞ、チビちゃん」 「チビって……まぁ、そうですけど」 一瞬、夏目君は見かけによらず優しい人なのかなって思ったのに。オレのコンプレックスでもある背の低さを指摘する呼び方に、オレはしゅんとしてしまう。 弘樹と同じくらい背の高い、夏目君。 その後ろ姿を眺めつつ、歩幅が大きい夏目君の後をオレは無言でついていった。 クラスメイトだけど、オレは夏目君とは今まで話すことがなかったから。変な緊張感に襲われながらも、夏目君と一緒に辿り着いた教室の前。 扉を開け、何人かのクラスメイトと朝の挨拶を交わし、教卓の上にノートを置いた夏目君は、自分の荷物を持ったまま突っ立っているオレの手を引き、今来たばかりの廊下を歩き出す。 「あっ、ちょっと……」 グっと引っ張られる手首が痛くて、オレは夏目君の手を振り払い廊下のど真ん中で立ち止まった。夏目君の性格も、したいことも何も分からないオレは、戸惑いを隠せない。 人見知りのオレにとっては、苦行が続く夏目君との時間。そんなオレに鋭い眼差しを向ける夏目君は、さっきまでとは違う雰囲気で面倒くさそうに声を出す。 「なんだよ、さっき付き合ってくれるつったじゃん。一限サボって屋上行くぞ」 「はぁっ!?」 思わず出た大きな声に、オレ自身がびっくりする。数人の生徒がオレの声に反応して様子を伺うようにオレを見てくるけれど、今のオレはそこに恥を感じている余裕すらなかった。 確かに付き合えとは言われたけれど、授業をサボるなんて聞いてない。行ったこともない屋上、話したこともなかった夏目君からの言葉にオレはただ驚くばかりで。 「悪いと思ってんなら来いよ」 戸惑いと驚きでなかなか動くことが出来ないオレは、夏目君に威圧感のある声でそう言われてしまう。 ぶつかったのはオレが悪いし、助けてもらった相手に誠意を見せるなら、オレは夏目君についていくしかない。でも、カツアゲとかされたらどうしよう……と、オレは内心不安だらけなのに、小さく頷くしかなくて。 ズボンのポケットに両手を突っ込み、怠そうに歩き出した夏目君に恐怖心を覚えつつ、再び訪れた沈黙に、オレは泣き出しそうになっていた。

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