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第535話

無言の夏目君に連れられ、初めてやって来た屋上の扉の前。暗がりのそこで、オレを見て一瞬満足そうに微笑んだ夏目君は、勢いよく扉を開ける。 そんな夏目君の後ろから一歩外へ出てみれば、教室から見るよりも、ずっと近くに青空が広がっていた。 「キレイ……」 雲一つない澄んだ空に出迎えられ、思わず漏れた声。人魚姫が初めて陸に上がった時みたいに、オレの目に映る景色はすべてが新しい物に見えて。 一人で感動していたオレは、オレたちより先に屋上にいた人物にまったく気づかなかったけれど。 「おっつー、ケンケン!」 夏目君のその声で現実世界に引き戻されたオレは、ケンケンと呼ばれた生徒を見て驚いてしまう。 ……だって、オレのクラスメイトがもう一人ここにいるんだもん。 夏目君の声に反応し、フェンスに凭れて俯いていた長谷部健史(はせべ けんじ)君は顔を上げる。オレと同じ黒髪だけど、綺麗系な顔立ちでどこか憧れてしまうような長谷部君と夏目君は一緒にいることが多い。 ただ、この二人はクラスの中でも有名な遅刻常習犯。そして、校則違反の塊だ。 制服を着崩して、ジャケットを羽織らずネクタイもしていない二人は、ブルーのシャツの上からカーディガンを羽織ったスタイルだから。いつもたくさんの先生から注意されているのに、そのスタイルを変えない二人はオレの中で異色だ。 だからオレは、夏目君も長谷部君もオレとは違う世界の人って感じがしていて、今まで話したことすらなかったのに。 どう見てもやんちゃしていそうな二人だけれど、クラスの輪の中に入ってしまうと二人とも問題行動をとることはなく、オレのクラスは基本的に平穏……だと、思いたい。 そんな二人がオレの目の前にいて、来たこともなかった屋上いる事実が理解できなくて。パニック状態のオレは、とりあえず夏目君の後ろに立ってジッとしていた。 どうしたらいいのか分からないオレをおいてけぼりにして、夏目君は長谷部君の元にスタスタと寄っていく。 「ケンケンさ、学校来てんなら教室行けよ。俺と違ってお前はバカなんだから」 「うっせぇ、マコ……って、ソレなんだよ?」 二人の会話にまったくついていけなくて、頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべたオレを長谷部君は指さし、楽しげな顔をして笑った。 「ああ……コレ、さっき階段で拾った」 長谷部君の問いに、振り返ってオレを見た夏目君はそう言ってすぐに長谷部君の方へ向き直ってしまって。 「は?え、あの……」 さっぱり分からない説明を長谷部君にした夏目君に、オレは思わず話し掛けてしまうけれど。 「ふーん、ラッキーじゃん」 夏目君の返答に納得したらしい長谷部君は、風になびく黒髪をかきあげて微笑んだ。何がどうラッキーなのか、オレには全然理解できないこの状況。 何でオレはここにいるんだろうと、必死で辺りを見回すけれど……オレの視界にはその答えを知る夏目君と、その友達の長谷部君しか入ってこなかった。

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