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第539話

これほどまでに、兄ちゃんの言葉を信用できないと思ったことはない。オレがプレゼントです……って、そんなの雪夜さんが喜ぶはずないと思うのに。 ……ない、と思うけど。 「持ってきちゃった……」 雪夜さんと会う約束の日。 玄関の前でそう呟いたオレは、久しぶりに訪れた雪夜さんの家の扉を開ける。 緊張しすぎているせいか、もしくは心の内に感じる不安なのかは分からないけれど。玄関の扉は、前よりずっと重く感じた。 でも、そこから一歩足を踏み入れれば、部屋に広がるほのかな甘い香りに身体中が包まれていく。やっぱり、オレは雪夜さんが大好きなんだって……そう思わずにはいられない、恋しい人の家。 綺麗に片付けられた部屋の中で、一際目立つ黒い塊。ベッドにいるソレを思い切り抱きしめたとき、堪えていたものが一気に溢れ出して。 「……っ」 ずっと、不安だった。 今日ここに来れるのか、オレは雪夜さんになんて言ったら仲直りできるのか分からなくて。 ポタポタ落ちてくる涙を拭い、鼻を啜ったオレはステラを抱きしめたままベッドから立ち上がり窓の外を見つめていた。 オレンジ色の夕日が見えなくなるころ、オレは雪夜さんに会える。そう思うとやっぱり嬉しくて、でもすごく緊張してしまう。 何を話そうとか、プレゼントどうしようとか。 色んなことが頭の中でぐるぐる回っていた時だった。 ガチャっと開いた玄関の音に反応して、オレは外の景色を見ていた視線をそちらに向ける。 「星」 「……雪夜、さん」 互いに名を呼んで、その後に訪れた沈黙が苦しい。ごめんなさいすら上手く言えなかったあの日、その続きから始まったみたいなオレと雪夜さんの空気は重かった。 思っていたより早く帰宅した雪夜さんは無言のままで、ソファーに腰掛け煙草を咥えてしまう。オレはどうしたらいいのか分からなくて、ステラをぎゅっと抱きしめるけれど。 雪夜さんの隣、空いているソファーの場所をポンポンと軽く叩き、困惑するオレを見て雪夜さんは微笑んでくれる。 こっちにおいでって語りかけるような瞳に、オレは小さく頷き、雪夜さんの隣に少しだけ距離をおいて座った。 近いようでまだ遠くに感じる雪夜さんの横顔を眺め、オレの視線はゆっくりと、宙に浮いていく煙の後を辿る。そんな静かな部屋の中で、先に口を開いたのは雪夜さんだった。 「星、会いに来てくれてありがとう」 「雪夜さん……」 「何から話したらいいか分かんねぇーけど、とりあえず……お前が思ってるコト、全部話してほしい。上手く言えなくてもいいから、あの日、俺が聞いてやれなかった星の気持ち、聞かせて」 優しい雪夜さんの声と、交わらない視線。 オレが雪夜さんにつけた傷はまだ癒えていないんだと、直感的にオレは思って。 オレが話さなきゃ、いつまでもこの距離感が変わらないままだと判断したオレは、意を決して雪夜さんに問いかけたんだ。

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