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第540話
「雪夜さんは……なんで西野君と、その……だ、抱き合ってたんですか?」
上手く言えなくてもいいなら、直球勝負をしよう。そう思ってオレが訊いた質問に、雪夜さんはボーッと何処かを見つめたまま口を開く。
「……抱き合う?んなコトした覚えは、あ」
「あ?」
「あったわ……西野の野郎が追っかけてきて、強引にコート引っ張られて。雪で滑ってコケそうになった西野を仕方なく抱きとめた」
「ウソ、それって……」
オレもこのあいだ、誠君に同じことをされたような気がする。階段から落ちる寸前のところで助けてもらったけれど、それじゃあその、たまたま、偶然の一瞬をオレが見ただけってことなのかな。
「まぁ、でも……俺あの時傘さしてたし、片手ポケットに突っ込んでたから俺からアイツには触れてねぇーよ」
雪夜さんが教えくれた事実は、オレがずっと感じていた不安感を一気に拭い去ってくれる。それでも雪夜さんとの距離は変わらないまま、雪夜さんの視線がオレに向くことはなかった。
「ある程度は光から聞いたかもしんねぇーけど、バレンタインの日、俺は西野の謝罪を聞くためにアイツと会ってたんだ」
「どうして……オレには、何も話してくれなかったんですか?」
お互いに前を向いたまま、静かな部屋にオレと雪夜さんの声だけが響いていく。
「星に、話すべきだったとは思う。でもな、俺がお前と弘樹のために西野に釘さしに行くっつったら、星くんは俺に迷惑掛けるとか考えんだろ……だから」
「言わなかったんですね、オレのために」
「星……」
「雪夜さん、オレは雪夜さんが好きです。あの時言えなかったのは、雪夜さんが大好きだってことと、側にいて……もう一度抱きしめてほしいって、本当はそう伝えたかったんです」
言えなかった言葉がすらすらと出てくるのは、雪夜さんがオレを思ってくれていると分かったからだと思う。オレのために、雪夜さんはわざわざ西野君と会ったんだ。
「雪夜さんを、突き飛ばすつもりなんてなかった……でも、オレずっと不安で。雪夜さんと西野君が抱き合ってたの、見ちゃったから……」
「星くんは、俺のためにそのコトを聞かなかったのか?」
「だって……オレが知らないフリをしてれば、どんな雪夜さんでも受け入れられると思ったから。だけど、現実はそんなに甘くなくて……オレ、雪夜さんを傷つけちゃった」
「傷つけたのは俺も同じ……っつーより、俺が全部わりぃーんだよ。お前の気持ちに、気づいてやれなかった」
灰皿に、強く押し付けられた煙草。
その火が消え、雪夜さんの長めの髪が揺れる。
どうして、雪夜さんはこんなに優しいんだろう。組まれた両手がオレに触れないのだって、さっきから視線を合わせようとしないのだって。
きっと、全部オレのためなんだ。
オレが怖がらないように。
雪夜さんはいつだって、オレのことを優先してくれる。でも、それに甘えているだけじゃダメだから。
オレは小さな勇気を振り絞って、雪夜さんの髪にそっと触れてみた。
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