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第544話
「雪夜さん、雪夜さんっ!」
愛する星くんが、俺を呼んでいる。
肩を揺すって、頬にキスを落として……そっちじゃ起きねぇーから、唇にしろよと夢の中で星を抱き寄せた時。
「ってぇッ!」
「もう、なんで起こしてくれなかったんですかっ!?」
可愛い仔猫に思い切り唇を噛み付かれ、あまりの痛さで目覚めた俺の視界に入ってきたのは、拗ねっ子を通り越してお怒りモードの星くんだった。
俺の上に跨りマウントポジションをとって、プンスカしてる星は予想以上の反応を見せる。
そんな星の行動に、寝起きの鈍い頭でも俺の顔はニヤけていたらしく、俺をキッと睨みつけた星は今度は鎖骨に噛みついてきた。
「ッ、久々だといてぇ……」
口内に広がる鉄の味、それとともに感じる鎖骨と唇の痛み。あの兄貴たちからですら、俺はここまで手荒い祝い方をされたことがねぇーってのに。
恋人の甘いキスで誕生日を迎える、なんて理想っぽい現実はどこにもなく、俺の上には寂しげに眉を寄せた仔猫がいて。
「……んぅ、雪夜さんのばか」
こてんと俺の胸に頭を預け、悪態を吐く星は可愛い。俺より先に起き、昨日眠ってしまったことを俺が起きるまでの間、一人で悔やんでいたんだろう。
だからって、こんな起し方をしてくるとは思っていなかったけれど。
「お前すげぇー気持ち良さそうに寝てたから、起こす気になれなかったんだよ。それに、この時間なら俺まだ19だし」
ご機嫌斜めな仔猫をあやすため、星の髪を撫でて俺がそう呟けば、真っ黒で大きな澄んだ瞳で星は俺を見つめてくる。
「どういうことですか?」
「俺が産まれたのは今日の夜、正確にいうならあと12時間くらい経たねぇーと、俺は20歳じゃねぇーってコト」
「そうなんだ……あ、でもやっぱりっ、オレが一番におめでとうって言いたかった……です」
「今、言ってんじゃねぇーか。噛みつかれて祝福されたのは産まれて初めてだ、星くん?」
「あーっ!雪夜さんっ!!血、血が出てますよ!?」
自分で噛み付いといて、この仔猫は今更そのことに気づいたのか……ホント、すげぇー可愛いヤツ。
「ごめっ…ん、ぁ…」
アタフタして謝ろうとする星の口を、血が滲む唇で塞いで。甘くはないキスを受け入れた星は、潤ませた瞳を俺に向け頬を染めて呟いた。
「鉄の味、する」
「お前、鉄食ったコトあんの?」
「あるわけないじゃないですかっ!?あ、でもお肉とか食べるから、食べてることにはなりますね。血液中のヘモグロビンは鉄ですし……」
「ヘムと鉄は結合してんの。そんで酸素が運ばれる……ってクソ真面目に答えてんじゃねぇーぞ、星」
「だって、雪夜さんが変なこと聞くからぁー」
誕生日の朝に相応しくない会話を繰り広げながらも笑い合った俺たちは、二人だけの時間をいつもより愛おしく感じていた。
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