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第556話
兄貴が、兄貴している。
そう思うと、俺の口元は少しだけ綻んでいく。
暖かく感じる陽の光を浴びて、視線を部屋の中へと移した俺は、ステラを抱いて俺を待つ星くんと目が合った。
『ゆきにぃ?』
「んー、どーした?」
聞こえてくる声は、妹の声なのに。
俺を見つめる星に気を取られ、俺からは星くんに聞く時の甘ったるい声が出てしまう。
『ッ!ゆきにぃ、なんか声えっちなんだけど……』
「何言ってんだ、お前。それよりなんだよ、用があんなら早く言え」
華にそう言いつつ、窓越しで俺を見つめる仔猫に笑いかけてやると、星は頬を染めてステラで顔を隠してしまう。ゆっくりとベッドに転がって、俺から視線を逸らした星くんを愛おしく思いながら、俺は華の話に耳を傾けた。
『えっと、二十歳のお誕生日おめでとう……ゆきにぃ、この前はごめんなさい。華ね、あのあと色々考えたんだ……それでね、華もクソだったって気づいたの。ゆきにぃの夢を奪ってたのは、華も一緒だったんだって』
ガキはガキなりに、成長しなきゃならない時がある。それは、俺も華も変わらないから。
「気にしてねぇーからいい。そんで、兄貴たちとは仲良くやれてんの?」
『うん。鳥にぃも馬にぃも優しくしてくれる。ワガママばっかり言ってごめんね、でも華はやっぱりゆきにぃが好き』
「俺はお前が嫌いってか、どーでもいいんだけど」
『知ってる。だからもう、華はゆきにぃに嫌われるようなことしないから……だから、だからたまには帰ってきて。クソな妹だけど、それでもゆきにぃのこと待ってるから』
鬱陶しい妹。
けれど、それでも俺はコイツと兄妹で。
兄貴が俺をほっとかねぇーように、俺もなんだかんだで華を構うのかもしれない。
ずっと避けてきた華のことは、俺が過去を忘れるために必要な時間だった。でも、その過去があって未来があると、今は少しだけそう思うことができるから。
「華、ありがとな」
呟いた感謝の言葉は、華と俺がクソなりに大人になり始めた証拠だ。
知らず知らずに、成長していた妹。
そのきっかけを作った兄貴も、今じゃすっかり兄らしく振舞っているらしく、足枷のようだった兄妹たちの存在も悪いもんじゃないと思えた。
『ゆきにぃ、ありがとう。あ、あとね……コレは馬にぃからの伝言だけど、ホイール替えたいから車だけでも近いうちにおいてけって。あー、あとっ、鳥にぃがそのうち会いに行くから覚悟しとけだって』
「なんだそれ、時間あったらそっち行くって車バカに言っとけ。飛鳥はほっといても連絡くっから、勝手にしろって伝えて」
『うん、分かった。バイバイ、ゆきにぃっ!』
「ん、じゃあまたな」
すっかり聞き分けのよくなった妹との通話を切り、俺は軽く空を見上げた。
……雲一つない晴天、なワケじゃないねぇーけど。
変わらないようで変化していく毎日が、俺は少しだけ愛おしく思えたんだ。
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