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第560話

風が強く吹いてしまえば、満潮時になってしまったら。そのうち消えてしまうであろう不格好な相合傘。それでも、俺が描いたソレを星は愛おしそうに見つめていて。 「なんだか不思議ですね……オレ、あの時はまだ兄ちゃんと優さんの関係も知らなくて。雪夜さんがサッカー好きなこととかも、何も知らなかったのに」 一つ一つを懐かしむように呟いていく星の隣で、俺は羽織っていたパーカーから煙草を取り出し火を点つける。俺のそんな仕草ですら盗み見る星が可愛くて、俺は空いた片手で星の手をそっと握ってやった。 「過ぎてみると、早いもんだな。お互いに気遣いすぎて、俺ら1ヶ月前は音信不通だったし……今、星が俺の隣にいてくれて良かった」 過去になってしまえば、学びだと捉えることができるけれど。地獄のように苦しかった日々は、今後なるべく経験したくはないものだ。 「オレも、同じこと考えてました。今こうして雪夜さんと一緒にここにいるなんて、あの時は想像すらできなかったけど。でも、またこんなふうに二人で並んで砂に落書きしてるって……やっぱり、不思議です」 「それなりに、成長してんのかもな。俺も星くんも、ついでにあの悪魔二人も」 誰もいない海辺に、二人きり。 吹き抜けていく風が繋いだ手の温かさを感じさせ、沈みかけた夕陽に照らされる星の穏やかな笑顔は、静かに輝きを放っていた。 「過去を振り返るのも、悪くないですね。雪夜さんと一緒なら、この先の未来も怖くないんじゃないかって思えるから」 寄せては返す波に、過去や未来が混濁する。 でも、ここいる俺たちは確かに今を生きていて。 「星」 何も言わずに、抱き寄せたカラダ。 そのまま時が止まったかのように、俺たちは甘く柔らかな口付けを交わす。 「んっ…」 海風で乱れた星の髪に触れ、名残惜しく唇を離すと、星はこてんと俺の肩に頭を預けてきた。 「……ここ、外です」 そう言いつつも、俺から離れようとしない星くんの肩を抱き、吸いかけの煙草を咥えた俺はゆったりと煙を吐き出してから口を開く。 「んなもん、今更だろ。俺がどんなヤツかなんて、お前が一番よく知ってんだし」 「でも、お家に帰るまではステイですからね?デート中はちゃんといい子で大人しくしてるって、約束したの忘れないでください」 俺はいつから、星くんの犬になったんだ。 大人しく待てができるほど、俺はいい子じゃねぇーぞ……なんて、思ってみたりするけれど。 案外、星くんに飼い慣らされるのも悪くないのかもしれない。こんなに愛おしいと想える相手なら、それでも構わないと感じる自分はアホだと思う。 だけど、俺は星が好きだから。 「星、愛してる」 囁いた言葉が愛する人へと届く悦びを知り、初めて星に触れた時の淡い記憶を思い出す。これから先の未来がどうなるかなんて、俺にはまだ分からないけれど。 俺たちが出逢ったあの日から、もうすぐ1年が過ぎようとしていた。

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