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第562話

「晴れてて良かったですね。風もそこまで強くないし、今日はお花見日和です」 雪夜さんとのデートは、いつもゆったりと時間が過ぎていく。車に乗って出掛けることが多いからかもしれないけれど。二人だけの空間を満喫できるこの時間が、オレは結構好き。 運転する雪夜さんの横顔を眺めたり、くだらない会話を楽しんだり。オレは雪夜さんが大好きなんだなぁって、なんでもないこんなときに実感したりするんだ。 「星くんは、家からでも桜見れるだろ?」 ルンルン気分のオレを見て、クスッと笑った雪夜さんは、オレにそう尋ねながら頭をくしゃりと撫でてくる。 「だって、家からじゃ桜並木は見れないですもん。オレはね、雪夜さんと一緒に楽しみたいんです」 家で見る桜も、もちろん好き。 でも、オレは雪夜さんと二人で同じ景色を見たいから。少しだけ頬を膨らませてオレが呟けば、雪夜さんは嬉しそうな表情で微笑んでくれる。 本当は雪夜さんも、この日を楽しみにしてたんだって。そう感じることのできる雪夜さんの笑顔は、オレの心を温かくしてくれる。 「屋台出てる場所じゃなくて、本当によかったのか?穴場スポットだけど、あの辺は桜並木以外になんもねぇーぞ」 目の前の信号が赤に変わり、煙草を咥えた雪夜さんはオレを見て訊いてくる。車内に広がるブルーベリーの甘い香りが鼻をかすめて、なんでもない今が幸せだと思えた。 「雪夜さんと一緒なら、なんにもなくていいんです。屋台があるところは、人も多いですし……それに、オレが作ったお弁当が食べたいって、甘えてきたのは雪夜さんでしょ?」 オレがまだ、一年生のころ。 弘樹に頼まれて、オレがお弁当を作ったことがあったけれど。そのことを雪夜さんは今までずっと気にしていたらしく、二人で過ごしていたときに、オレにお弁当を強請ってきた雪夜さんはとっても可愛かったから。 それなら、お弁当を持ってピクニック感覚でお花見デートをしようと、オレからの提案を快く引き受けてくれたのは雪夜さんなんだ。 「まさか雪夜さんが、弘樹に妬いてるなんて思ってませんでしたけど。ちゃんと作ってきたので、安心してくださいね」 お花見の場所を決めるのは雪夜さんの担当で、お弁当の担当はもちろんオレだから。オレは保冷バッグを手に取り、お弁当があることをアピールした。 「別に、妬いてるなんてほどのもんじゃねぇーんだけど。ただ、俺まだお前に弁当作ってもらったコトねぇーなって思ったから」 照れ臭そうにオレから視線を逸らし、煙草を咥え直す雪夜さん。こういうときの雪夜さんの余裕のなさって、ズルイと思うんだ。 なにをしてても本当にカッコイイのに、オレと同じ独占欲を隠し切れない雪夜さんが愛おしくて仕方ない。 お互いに成長して、時に甘え合って。 こうして二人でいられる日々が、オレと雪夜さんの絆をより深いものにしてくれる。 それは、とても暖かな陽だまりのようで。 雪夜さんと育んできた愛の形が、オレは少しだけ見えたような気がしたんだ。

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