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第563話

まったく人気のない田舎道を通り過ぎ、本当に何もない道路の片隅に雪夜さんは車を停めて。二人で少し歩いていけば、綺麗に咲き誇る桜が見えてくる。 周囲を山の緑で囲まれた場所。 小さな田んぼ沿いに列を作り、誰かに見られることなもなくひっそりと咲いている桜たち。 「穴場スポットって、穴場すぎませんか?」 整備されてない砂利道を歩きながらそう尋ねたオレは、七分咲きくらいの桜を眺めつつ、雪夜さんの服の裾を握った。 オレが想像していた桜並木とは、異なる風景だけれど。賑やかで混雑した場所よりも、澄み切った空気と暖かな日射しを全身で感じられるこの場所のほうがオレ好みだ。 「ここ、俺の爺さん家の近くなんだよ。爺さんは、大分前に死んでっけど……なんも変わってねぇーわ、のどかすぎて誰もいねぇーし」 「確かに、誰もいませんね。でも、とっても素敵な場所に連れて来てもらえて、オレは嬉しいです」 桜を観賞しつつ、お弁当を広げて。 二人でのんびりと過ごすなら、うってつけの場だと思う。 「桜並木以外、本当になんもねぇーけどな……あ、でも菜の花咲いてんぞ」 服を握るオレの手をさり気なく掴んで、指を絡めてくれた雪夜さんは、オレの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる。 それだけで嬉しく思えるオレは、単純なのかな。桜並木の下に咲く菜の花も、可憐な姿で並んでいて。雪夜さんにとって懐かしい場所を知ることができたオレからは、自然と笑みが溢れていた。 「菜の花って、食用の花だから和名は菜って漢字で表記されてるんですって。このあいだ、日本料理の実習で先生が言ってました」 「日本人って、なんでも食うよな。桜だって、塩漬けにして食っちまうんだから」 「目で楽しんで、香りに癒され、舌で味わう。日本らしい旬を感じる独特な文化なんですよ、きっと」 「食文化ってやつか。ここの桜は食えねぇーけどな、ソメイヨシノは食用じゃなくて観賞用だ」 花を見て食を語るなんて、おかしいやり取りのはずなのに。それでも雪夜さんは、オレの話をちゃんと聞いて答えてくれるんだ。 「ソメイヨシノって、人工的に作られたクローンなんですよね……こんなにキレイなのに」 「そうらしいぞ。詳しいコトは俺もよく分かんねぇーけど、人の手で挿し木したりしねぇー限りは増えるコトもないらしい」 「オレたちが一番見慣れてる桜は、人とともに生きてるんですね。だからこそ、心に残る景色なのかもしれませんけど」 春の訪れを感じさせ、出会いと別れの季節を彩る花。色艶やかに咲き誇って、風に流され散っていく。その美しい桜の姿は、何処か儚げな人の生き方を投影したくなるような、不思議な感覚を芽生えさせるから。 諸行無常とか、よく分からないけれど。 きっと、こうして一瞬一瞬が過ぎていく風景の中に、何一つ同じものなんてなくて。この世の全ては常に変化し移りゆくものなんだろうなって、オレは桜を見ながらそんなことを考えていた。

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