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第565話

一瞬にして暗くなった空から、小さな雫がいくつも落ちてくる。離れないように握られた手、被されたジャケットから見える雪夜さんの足元は雨に濡れて、黒いスキニーの色が更に濃い漆黒に変わっていた。 独特な雨の匂いと、オレを包み込むジャケットから香る雪夜さんの匂い。その二つは懐かしい記憶を呼び起こさせ、オレが初めて恋を知った瞬間と重なった。 あのときから、雪夜さんは雨男だったんだなぁって……そんなことを思いながら、無言のまま雪夜さんの後をついていけば、案の定オレは車内へと押し込まれてしまう。 「結構濡れた……お前は、大丈夫?」 オレの荷物を助手席に放り込み、車のエンジンをかけた雪夜さんは、オレがいる後部座席のドアを開け、そう尋ねてくる。 本降りになる前に、車には辿り着けたものの。 ふるふると首を左右に振った雪夜さんの髪からは、細かな水滴が飛んでいく。 「オレは大丈夫です。すみません、オレが上着借りちゃったから……」 そう言いつつも、オレは雨に濡れた雪夜さんの姿に見惚れてしまうんだ。 「んなコト気にすんな、いっそこのまま濡れちまうのもアリだし」 薄手のカットソーの袖を伸ばし、少しだけ身を縮めた雪夜さんは寒そうに見える。でも、その仕草とは不釣り合いな言葉の意味がよく分からなくて、オレは首を傾げるけれど。 「え……ちょっ」 静かに車のドアを閉めた雪夜さんに、流されるようにして押し倒されたオレの身体は、フラットな車のシートに受け止められていた。 「……星、温めて」 寒そうなのは、オレの間違いじゃないみたいだ。ただ、雪夜さんのこの強請り方はズルいと思う……なんでも許してあげたくなってしまうような、可愛さと色気を同時に出す雪夜さん。 琥珀色の瞳が切なげにオレを捉え、甘く艶めき揺れていく。この眼に捕まったら、オレは逃げることなんてできないから。見つめ合って絡まる視線に、思わず息を呑んでしまう。 決して広くはない車内に、二人きり。 外の雨音は次第に激しさを増していき、冷えきった身体に熱が篭って、雪夜さんの体温を感じる。 「んっ…」 安心した隙に、奪われてしまった唇。 さっきまでの穏やかな空気はどこかに消えてしまい、その代わりにやってくるのは、甘くて熱い大人な時間。 「…ぁ、まっ…て」 「待てるワケねぇーだろ……俺も、お前も」 「ゆきっ…ん、ッ…ぁ、っ」 深まるキスに身体の力は抜けていき、優しく抱きしめられてしまえば、オレは雪夜さんにすべてを委ねてしまう。 その感覚は、あのときと同じだと思った。 息ができないくらいに苦しくて、切なくて。 それでも、この人に触れていたいって。 そう初めて思った、あの瞬間と。 「星」 離された唇が、オレの名を呼んで。 もどかしい刺激に耐え切れないオレは、雪夜さんの首に腕を回す。 「……もっと、して」 きっともう、求めてしまったら止まらないんだ。

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