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第571話
【星side】
「アンタって人は、ホントにおばかさんです。雨に濡れたままで、あんなことするから……もう、ちゃんといい子で寝ててくださいっ!」
「煙草くらい、別にいいじゃねぇーか」
「よくないですっ!!」
暖かな春の日差しに照らされている、雪夜さんの部屋。ソファーに腰掛ける雪夜さんの上に跨り、煙草の箱を雪夜さんから無理矢理奪い取ったオレは、まったく言うことを聞いてくれない恋人に苛立っている。
「星くん、そんな怒んなよ」
「……怒って、ないもん」
オレが一人で怒っている理由。
それは、お花見に行った次の日……つまりは今日の朝、と言うよりお昼に、雪夜さんが風邪を引いたことが分かったからだ。
昨日は雨に濡れないように、オレは雪夜さんのジャケットを借りていたから良かったものの。濡れた状態のまま長時間過ごしていた雪夜さんは、見事に体調を崩してしまった。
それなのに、大丈夫だと笑って、いつも通り煙草を咥えようとするこの人が気に入らない。
目覚めたときから、雪夜さんの身体は熱かった。いつもより熱っぽい瞳で、怠そうにしている雪夜さんを見て、オレが心配しないわけがないのに。
でも、オレのその気持ちは雪夜さんに上手く伝わらなくて。心配しているオレと、オレにそんな心配をさせたくない雪夜さんとで気持ちがすれ違ってしまう。
気怠げな雰囲気とはまた違い、雪夜さんは手で目元を隠し溜息を吐く。やっぱり、しんどいんじゃん……と思いながらも、オレはその手を握り呟いた。
「熱があるときくらい、オレを頼ってください……もっと、オレに甘えてください」
雪夜さんがコーチのバイトで、忙しい日々を送っているのは知っている。受け持ちの学年も、最初は低学年だけだったらしいけれど、今では中学生の子達に指導も兼ねてプレーすることも多いみたいで。
雪夜さん本人は楽しそうで何よりだけれど、この人は夢中になると力尽きるまで頑張ってしまう癖があるから。きっと、日々の疲れも相当溜まっていると思うんだ。
それなのに雪夜さんは、自分の身体を労わることよりオレと過ごす時間を優先してしまう。雪夜さんに会えるのはもちろん嬉しいけれど、せめてこんなときくらいはゆっくり休んでほしくて。
オレは少しだけ潤んでいる琥珀色の瞳を見つめ、雪夜さんの熱い額に自分のおでこを重ねてみた。
「……星」
オレへの気遣いなんて、いらない。
だって、オレにまで無理して笑ってほしくないから。オレは聞き分けの悪い恋人をどうにかして寝かしつけるために、とっておきの魔法を使うことにした。
兄ちゃんがよくする悪魔の笑みを思い浮かべ、自分の中の羞恥心を一瞬だけ消し去って。まるで女王様にでもなった気分で、オレは雪夜さんの顎を人差し指一本で上げつつ、視線を交えて囁いてみる。
「ねぇ、雪夜……オレの言うこと、聞けるでしょ?」
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