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第572話
なんだか、自分が自分じゃないみたいだ。
でも、なぜだか悪い気はしなくて。
黙ってオレを見つめる雪夜さんに念を押すため、オレは兄ちゃんと同じ笑みを浮かべて問い掛ける。
「お返事は?」
「……ハイ」
体調が悪いせいで、か細い声で答えてくれた雪夜さんは、オレから視線を逸らしてしまう。けれど、雪夜さんのそんな姿がオレはとても可愛く思えたんだ。
「雪夜さんは、いい子ですね」
今度はオレがいつも雪夜さんにされているみたいに、優しく微笑んで頭をくしゃくしゃと撫でてあげると、雪夜さんはオレの肩にこてんと頭を乗せてきた。
……どうしよう、すごく可愛い。
「星、ごめんな……ちゃんとお前の言うこと聞くから、俺の傍にいて……ダメ?」
弱っている雪夜さんは、子犬さんみたいだ。
普段は色んな意味で狼さんっぽい雪夜さんだけど、今日の雪夜さんは驚くほどに可愛らしい。
潤んだ瞳でオレを見て、離れないでって甘えて擦り寄ってくるんだから。
「傍にいるので、安心してください。それより、何か食べられそうなものはありますか?」
「何もいらねぇー、星がいい……喰うならお前がいい。煙草も1日我慢すっから、星くんがいい」
この人は、熱があっても食べたいものは変わらないんだ。昨日散々食べたこと、ひょっとしてもう忘れてるのかな。
もしかすると。
お花見から帰ってきたあとに、お風呂でもえっちなことをしたから熱が出たのかもしれない……って。今はそんなことよりも、雪夜さんを寝かしつけないと。
「あの、えっと……体調が良くなったら、好きなだけ食べていいですから。だから今は、ベッドで横になって安静にしてくださいね?」
「ヤダ……けど、ハイ」
なんだろう。
この可愛い生き物……しゅんと耳を垂らして、くぅーんって鳴いてる捨てられた子犬さんみたいに、しょんぼりする雪夜さんを見ていると、オレの頬が勝手に緩んでしまうけれど。
「あ、ちょ……雪夜さん、降ろしてっ!!」
「なんで?傍にいてくれんだろ、一緒に寝る」
そういう問題じゃない。
健康な人が、体調の悪い人に運ばれるのはおかしい。ソファーからベッドまでの距離なんてないに等しいのに、雪夜さんはオレを抱き上げると、そのままベッドにダイブした。
「ぅ……もう、言うこと聞くって約束したばっかなんですから、無理しないでください」
「お前軽いからこんくらい余裕、星がいねぇーと眠れねぇーし……すげぇー寂しいから、離したくねぇーんだもん」
オレの胸に顔を埋めて呟いた雪夜さんは、そのまま目を閉じていく。雪夜さんが寂しいなんて言うのは珍しいなって思ったけれど、熱があるときに心細く感じる気持ちはオレもよく分かるから。
素直に甘えてくれる愛しい恋人の体調が、早く良くなりますようにと願いを込めて。オレは、まだ熱い雪夜さんの額に、チュッと優しくキスをした。
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