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第576話

「青月、マコは?」 「朝から横島先生に拉致されたまま、まだ戻って来ないけど……ん、健史君のところに連絡きてない?」 午前の授業を受け終わり、お昼休みの時間に屋上までやって来たオレは、先に屋上に来ていた健史君の隣に座り込む。 暖かな春風を感じながら、オレはどこかふわふわした気持ちでいるけれど。 「あのバカ、黒染めすんの面倒でそのまま学校来たんだろ……横島が見逃すワケねぇっつったのに」 「あ、うん。朝見たときはアッシュだったよ」 三年生になった今でも遅刻常習犯の健史君は、朝の騒動を知らない。誠君はあの後、横島先生に首根っこを掴まれて教室から姿を消してしまった。 でも、誠君と仲が良い健史君は、誠君の髪色のことを知っていたみたいで。 「ゴールドアッシュ、マコの髪染めたのは俺だ」 「え、健史君が誠君の髪染めたの?」 「アイツ、昨日やってくれって俺ん家まで来たから……学校来る時は黒染めのスプレーするって、約束したハズなんだけど」 コンビニのサンドウィッチの包みを開け、そう話してくれる健史君は深い溜め息を吐く。オレはそんな健史君の隣で、雪夜さんが作ってくれたベーグルサンドを頬張った。 雪夜さんの家から学校に来るとき、雪夜さんはいつもオレにお昼ご飯を作って持たせてくれるから。自分で作ったお弁当より、何百倍も美味しく感じるソレを食べているオレを見て、健史君は綺麗な笑みを見せる。 「……青月、お前すげぇ幸せそう」 「だって、美味しいものを食べてるときは幸せって思うから……オレ、自然と頬が緩んじゃうんだ」 「ふーん、素直なヤツ」 健史君の答えに、オレは心の中で今日は特別だからって付け加えた。雪夜さんとの関係を、健史君と誠君は知らない。 もしかしたら、何かしら勘づいているのかもしれないけれど。二人とも、オレが自分から話さないことは無理に訊こうとはしなくて。 オレにとって居心地の良い関係性を作ってくれた健史君と誠君に、オレは心から感謝していた。 「マコのヤツ、またこの1年地獄だろうな」 「横島先生は、身なりにうるさいから。オレも一年の最初のころ、大変だったもん」 「ソレ、青月は前髪長過ぎるからだろ。綺麗な顔してんのに、もったいねぇ」 「オレよりもずっと綺麗な顔してるのは、健史君だと思うんだけど……誠君、今頃どうなってるかなぁ」 「俺との約束破った罰だ。どうせ今頃、職員室で説教されながら黒染めコースだろ。昨日の俺の苦労も知らずに、本当アイツは……」 健史君がそう言って、艶やかな黒髪をかき上げたとき。屋上の扉が勢いよく開き、噂をしていた人物が現れた。 「うっそ、誠君!?」 「……クソが」 てっきり真っ黒の髪になっていると思っていたオレたちの前に姿を見せた誠君は、得意気な顔をして明るい色のままの髪を風に靡かせて笑う。 そんな誠君を見てクソだと吐き捨てた健史君も、誠君と同じようにニヤリと嬉しそうな表情をしていた。

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