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第577話
「ケンケン、サンドウィッチちょうだい」
「お前な、もっと他に言うことねぇのかよ。ソレ……マコ、お前どうやって横島から逃げてきた?」
オレと健史君の前に胡座をかいて座り込んだ誠君に、健史君は問いただす。
その隙を狙い、誠君は健史君の右手にある食べかけのサンドウィッチを奪い取ってしまった。
「吠えてるだけじゃ離してくんねぇから、面と向かって昌人と交渉してきた。行事の時にはスプレーで黒くすることと、実習中はピアス外すこと、あとは……無遅刻無欠席守れって」
「……は?そんだけで、その髪OKになったのか?」
サンドウィッチを奪われたことよりも、誠君の髪色に許可が下りたことの方が衝撃だったらしい健史君。
「おうよ、但し……一つでも守れないことがある場合は、その場で坊主にするっつってた」
胡座をかいた膝の上に肘をつき、そう話す誠君の顔はどこか清々しく感じる。きっと誠君は、横島先生とたくさん話をして、自分の想いを受け入れてくれたことが嬉しかったんだろうなって思った。
「坊主にされる前にお前頭禿げるぞ、パーマとブリーチでどんだけ髪傷めてると思ってんだ」
「んなすぐハゲるワケねぇだろ、ケンケンは相変わらずバカだな」
オレの前髪の時も、横島先生は話せばちゃんと聞いてくれる人だったから。条件付きだけれど、誠君の想いを尊重してくれた横島先生。
ひょっとしたら、それはランさんのおかげでもあるのかなって……オレは誠君と健史君の会話を聞きつつ、そんなことを考えていた。
「バカはどっちだよ、スプレーして来いっつっただろうが。約束も守れないお前が、無遅刻無欠席なんて無理だろ」
「まぁ、約束なんて破るためにあるようなもんだし。坊主になったらなった時で、そん時は昌人と殺り合うから平気」
「クソが、親父さんが泣くぞ」
「ソレはケンケンも同じ、このままサボり続けて出席日数足りなかったら、お前卒業できねぇじゃん。いいのかよ、お前の母ちゃんが泣くぞ?」
ああ言えばこう言う。
そんな二人のやり取りは、ずっと聞いていても飽きることはないけれど。
「2人とも、一緒に卒業しようね」
卒業までなんて、まだあと1年あるって。
今はここにいるオレたちみんなが、そう思っている。けれど、その日がくるのはきっとあっという間で。
こうして屋上で話せる時間も、硬っ苦しく感じる授業を受ける時間も。何気なく過ごしている学校生活が、思い出に変わる日が訪れることを、オレたちは三年生なって薄々気づき始めているから。
「チビちゃんとの約束なら、守らねぇとな」
「青月、マコがホントに約束守れるかどうか賭けようぜ?」
「じゃあオレは、誠君が約束守ってくれる方に100円」
「チビちゃん賭け金低ッ!!」
オレの言葉に頷いて。
穏やかな笑顔を見せてくれる遅刻常習犯の二人組は、横島先生が担任になったことで、少しずつだけど変わっていくのかなって。
歪み合いながらも楽しそうに笑っている二人を眺め、オレはそんなふうに感じていた。
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