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第579話

「就職のガイダンスって、いつからだっけ?」 西野君が飲んでいたオレンジジュースを横取りして、さらりと間接キスを披露した弘樹はそうオレに尋ねてくる。 「ガイダンスは、ゴールデンウィーク明けから。でも、採用情報の詳しい資料はもう教室にあるんだ。いくつか募集きてるのにも目を通したけど、コレってのがなくて」 「セイ、あの人と王子には相談した?あの二人なら、俺たちより良い意見くれると思うけど」 「青月くんの彼氏さんと、お兄さん?」 「そう。あの人らも今年四年で、就職だろ?」 西野君を下の名前で呼んでいる弘樹には、まだ少し違和感があるけれど。弘樹はオレに問い掛けつつも、西野君に笑顔を見せている。 一年の時の蟠りもなくなり、すっかり弘樹一筋になった西野君は、弘樹の隣で嬉しそうにしていた。 男同士ってことを除けば、学生らしい付き合いをしている弘樹と西野君。オレと雪夜さんの関係を知っている二人には、オレも隠すことは何もない。 「一応話してあるんだけど、雪夜さんも兄ちゃんも焦らなくても大丈夫だって……雪夜さんは良い意味で、オレの好きにすればいいよって言ってくれる」 「彼氏さんがそう言ってくれてるなら、大丈夫だよ。僕、一度だけ会ったことあるけど、弘樹くんが青月くんの彼氏さんに憧れるのも納得だったから」 「あの人はセイのことを考えて動いてくれるし、セイがしたいようにすればいいと思う。やりたいことが分からないなら、将来どうなりたいか考えてみるとかさ」 「将来どうなりたい、か……オレ、雪夜さんとずっと一緒にいたいってのが一番強い気持ちなんだ。でも、それだけじゃこの先、生きていけないのも分かってるの」 「学生生活が、いつまでも続くわけじゃないもんね……僕も弘樹くんも進学考えてるけど、受かるかどうかは別問題だし」 先が見えない未来を考えると、不安ばかりで。 それでも、前を見て進まなきゃならない現実を突き付けてくる一枚のプリント。 思い描いている夢は確かにあるのに、オレはその夢にどう向かっていけばいいのか分からない。 やりたいことは、なんだろう。 オレが作りたい品って、どんなものだろう。 フレンチのシェフになりたいわけじゃない。 中華料理を極めたいわけじゃないし、パン屋さんとか、ラーメン屋さんとか、一つの物にこだわっているわけでもない。かと言って、施設内の調理は違う気がするし、ホテルの厨房で働くのもなんとなくズレている気がする。 自分のお店を持ちたいって、淡い気持ちもなくはないけれど……今はそんなことを思っているより先に、自分が目指すべき道を探し当てなくちゃいけなくて。 どんなところに勤めたら、オレの夢は形になるんだろう。些細なことだけれど、ちっぽけな夢だけど……料理で人を幸せにできる場所を、オレはひたすら考えていた。

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