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第582話
「白石はさ、仔猫ちゃんと結婚する気でいんの?このまま真面目に付き合ってたら、そのうちそうなんだろ?」
自分のことは棚に上げ、康介は俺に尋ねてくる。いくら充実した日々を過ごしていたとしても、俺と星には結婚という一般的な愛の証明ができないことに、俺は改めて気づかされることとなった。
しかしながら、康介の問いに俺は上手い言葉が見つからず、ただ黙ってコーヒーを流し込む。
それを、この男は肯定として捉えたのだろう。
一人で妄想の世界に入り、俺を見てニヤける康介はマジでキモいと思った。
「白石ぃー、披露宴のスピーチは俺にさせろよ?今までの妬みの数々を、ここぞとばかりにばら撒ってやっから」
……キモい、でもってすげぇーウザい。
「誰がいつ式挙げるなんて話した?人のコトとやかく言う前に、お前は自分の今を考えろや。あと5分で講義始まんぞ、康介」
「ウッソ、マジだ!!」
まったく、好き勝手ほざきやがって。
仔猫が男だと知らない康介にとっては、これが正しい解釈なのかもしれないけれど。
日本ではまだ、同性同士の婚姻は法的に認められていない。それ同等の権利が得られる制度だって、曖昧な部分が多過ぎる。戸籍上、養子縁組等で同じ姓を名乗ることは可能だし、挙式を行うことも自由ではあるが。
現段階では男女の関係のように、世の中に受け入れてもらうことができないのが現実で。籍を入れるって話になったら、大っぴらに出来ることではないし、周りの見る目が一気に変わってしまうのは確かだ。
俺と星との関係を知る人間は、数少ない。
この先、二人で生きていく道を歩むとしたら。
まだ俺たちの関係を知らずにいる星の両親に、この付き合いを理解してもらう必要だってある。
ただ、今は俺も星も学生で。
お互い社会に出てしまえば、俺たちの環境は大きく変わっていくだろうし、このままの関係を続けられる保証だって何処にもない。
星には叶えたい夢があるし、その妨げになるようなことは極力避けてやりたいし。星くん本人は進路で悩んでいるようだが、根がしっかりしている星のことだ……俺が何も言わずとも、アイツは自分自身で答えを見つけ出すだろう。
結婚し、子供が出来て。
家族として生きていく極普通の幸せを、俺はアイツに与えてやることができないけれど。俺が星のためにしてやれることは、何だってしてやりたいとは思う。
アイツがこの先も俺と一緒にいることを望んでくれさえすれば、二人だけで永遠の愛を誓い合うことは可能だ。
ただ……それを正式に書面上で果たせるかどうかは、きっとこれからの俺の動き方次第で変わってくることだから。星は何も気にせずに、この1年で沢山悩んで自分の夢に向かってほしいと俺は思っていて。
目の前で次の講義に遅刻すると慌てているバカを眺め、俺は今日も愛する星くんのことばかり考えている。
「白石、ごめんッ!!」
「謝る暇があんなら走れ、じゃあな」
自分のことで精一杯な康介の背中を見送り、俺は深い溜め息を吐いた。
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