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第585話
光と大学内で話し込んだ後は、コーチとしての仕事が俺を待ってる。昼過ぎに出勤して、その日のスクール生のリストやトレーニングメニューを確認し、ロッカールームで動きやすいピステに着替え、トレシューに履き替えて。
今日もボールに触れられることに感謝しつつ、やっぱサッカーすげぇー好きだわって思いながら、俺は襟足の髪をヘアゴムで結びコートへと向かった。
俺が今日最初に担当するおチビさん達がやってくるまでの間に、アップ程度のランニングを済ませて。体が温まったら、今度はサッカーボールに空気が入っているかを一つ一つ確認していく。
ボールに空気を入れるのだって、立派な仕事だと竜崎さんは言っていた。部活だったらこんな仕事は、試合に出られない一年生やマネージャーがやる雑用の様な仕事だけれど。
スクールに通う子供たちが、いつでも全力でプレー出来るように。環境を整えておくのも、コーチの仕事だと竜崎さんは指導してくれたから。
地味な雑務をこなす時間も、俺には楽しく感じて。少しでも多くの子供たちに、この楽しさを伝えてやりたいと思う。技術を教えるのも大事な仕事ではあるし、むしろそっちの方が指導者としてはメインの仕事になるんだが。
プロを目指すヤツも、そうじゃないヤツにも。
俺のように好きなものを無理矢理嫌いになろうとしたり、自ら遠ざけてしまうようなことは避けてほしいから。
楽しいと感じることが、やはり一番大切で。
その気持ちを上手く継続させてやることが、俺たちコーチの役目でもある。
最初の頃は慣れなかったこの仕事も、今では自然体のまま子供たちと向き合うことが出来るようになってきた。下は年長から上は中学三年生までのスクール生と一緒に、俺は今日もボールを追いかけている。
けれど、楽しいことばかりではない。
実際にプレーしている子供たちに口出しをする親との関わり方はかなり面倒だし、バイトの俺は先輩からの無茶振りも多くて、難易度の高い足技とかをやらされたりすることがある。
年代によって異なる練習メニューを子供たちと同じように行いながら、一人一人に目を向けるのは骨の折れる仕事だ。
全体を見つつも個を尊重するのは、難解で。子供たちにチームを意識させながらも、自分を出せるようなプレーを目指せるように指導するのは、かなりの洞察力がいる。
ただ、なんだかんだ周りからも可愛がってもらえて、俺はとてもいい環境で仕事に打ち込めることに喜びを感じていた。
「雪君、話があるのですがこの後大丈夫ですか?」
そんな仕事終わりの帰り際。
自主練を終えロッカールームで着替えを済ませた俺は、竜崎さんから呼び止められた。
「お疲れさまです、竜崎コーチ」
挨拶の後、俺が軽く頷き立ち止まると竜崎さんはにこやかに微笑んでくれる。
「ここで立ち話もなんですから、ミーティングルーム行きましょうか」
そう言って歩き出した竜崎さんの背中を追い、部屋に入った俺は、いつもと違う妙な緊張感に襲われていた。
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