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第589話

【星side】 「青月、これはどういう事だ」 雪夜さんのお家に、お泊まりに行ける金曜日の放課後。いつもなら、オレはルンルン気分で電車に揺られている時間。それなのにオレは、誰もいなくなった教室で横島先生相手に頭を下げている。 「……すみません」 「あのな、謝れとは言っていない。俺が訊いているのは、何故白紙で提出したかってことだ。お前はふざけてこんなことをするようなやつじゃないと思っているが、これは悪ふざけなのか?」 「それは違います。でも、オレ……どこに進めばいいのか分からなくて、ウソは吐けないから白紙で出しました」 オレが白紙で提出した、進路希望調査のプリント。提出期限までに思い描く進路が決まらず、オレは何も書けずにそのままの気持ちを提出した。 「青月、お前は卒業後、何をしたいと思っている?小さなことでも構わない、今考えてみろ」 腕を組んでそう言う先生は、普段ジャージでダサいのに。実習終わりの今は、コックコートの上のボタンを一つ外して、イケメンオーラ全開の横島先生で。 とても厳しいのに、生徒から人気があるのはやっぱり顔がいいからなのかなとか、オレは思っていたけれど。しっかり生徒を見てくれる横島先生は、人気があって当然なのかもしれなくて。オレは自分の考えを、横島先生に話してみることにした。 「自分の料理で、誰かを幸せにしたいです。美味しいものを食べた時に感じる幸せを、オレが提供できればなって……でも、どの分野に進めばいいのかさっぱり分からなくて」 オレがそう話し出すと、先生は少し安堵した様子でオレを見て微笑んだ。 「お前が求める幸せというのは、高級な食材を贅沢に使い、格式高い場所で料理を提供する所にあるのか?それとも、誰もが訪れることができ、その中で味合わうことのできる幸せを意味するのか、どっちだ?」 「んーと、どちからと言えば後者です」 お高くとまりたいわけじゃない。 そりゃあもちろん、こだわりの品をお客様に提供するのは当たり前のことだけれど。豪華過ぎるのは、オレが思い描いているのと少し違う。 色々考えながら横島先生の質問にオレが答えていくと、横島先生はオレの話を聞きながら、真っ白だったプリントに文字を埋めていく。 「じゃあ次だ。お前が幸せにしたい誰かとは、誰のことだと思う?」 「それは……」 雪夜さん、だけど。 横島先生に問われていることは、そういうことじゃなくて。誰と訊かれると分らないけれど、オレは思ったままを口にする。 「お店に足を運んでくれるお客様一人一人に、です」 「なるほどな。収入に関して希望はないのか?勤め先によって、給料も様々だ。職種関係なく、とりあえず高給な勤務先を希望する生徒もいるんだがな」 「お金は、生活できる分さえあれば多くは望んでないです。お金よりもやりがいというか、そういったものを感じられる方がいいかなって思ってます」

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