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第590話
お金が大事なことは、理解しているつもりだけれど。地位や金銭よりも、オレは得意なことで社会の役に立ちたい気持ちの方が強いと思うんだ。
「休日は、少なくても構わないのか?俺がいたホテルは、かなりのブラックだったからな……休みなんてものは、ほぼなかったが」
その言葉を裏付けるように、横山先生は大きな溜め息を吐いた。本当に休むことができない職場だったんだろうなって、オレは横島先生を見ながら自分のことを考える。
「お休みはほしいですけど、深くは考えていません。好きな仕事ができるなら、そこはあまりこだわらないです」
一つずつ確実に、オレが目指すべき道を明確にしようとしてくれる横島先生。
プリントの隅に、横島先生が小さく書いてくれた表。それはオレが答えた質問を元に、お金、社会的地位、社会貢献、得意分野、休日等の項目をランク付けしたものだった。
「青月、まずはお前が目指す憧れの人を考えてみろ。そうすれば、自ずと答えが見つかるはずだ……お前は料理に対しての志しがしっかりしている、その気持ちさえあれば充分だろう」
「憧れの人、ですか?」
オレが憧れる人って、誰だろう。
ずっと近くにいて、あんなふうになりたいと思っていたのは兄ちゃんだけれど。オレの知らぬ間に黒髪になっていた兄ちゃんと、オレが目指す職種はまったく違う。
うーんと唸って考え出したオレに、横島先生は優しい顔をして微笑んでくれる。
「白紙のプリントを見た時は正直驚いたが、青月は大丈夫そうだな。悩んだ時は、いつでも声を掛けてくれて構わない。青月、焦らずゆっくり考えろ」
「横島先生、ありがとうございます」
「話は以上だ。気を付けて帰れよ」
そう言ってくしゃりとオレの頭を撫でた横島先生は、オレより先に席を立ち、職員室へと戻っていく。静まり返った教室、サッカー部や野球部が練習している声が大きく聞こえて、西陽が差してきた窓からオレはグランドを眺めた。
考えなきゃならないことが、沢山ある。
早く大人になりたくて、子供っぽい自分が嫌で。オレは雪夜さんや兄ちゃんに、早く追いつきたいと思っているけれど、それも上手くはいかなくて。
焦る気持ちの中でも、自分らしくとか。
いっぱいいっぱい考えても、それでも追いつけない大きな存在に、オレは助けられてばかりいる。
先が見えない不安と、向き合うことが怖い。
自分より早く大人になっていく、弘樹や西野君の存在が羨ましくて妬ましかったりするのは、オレが前に進んでいないからで。
何も出来ない自分自身の情けなさに苛立ってみたり、時には涙を零してみたり。理由もなくやってくる明日に、背を向けたくなったりするけれど。
沈みそうな夕日はオレンジ色に輝いて見えて、今日も穏やかに時が過ぎていくのを感じるから。
横島先生に言われた憧れの人を自分の中で探しながら、オレは教室を後にして、大好きな人の家へと向かった。
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