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第592話

「……せーい」 夢の中で、雪夜さんの声が聴こえる。 それと、なんだかお酒の匂いもする。 今、何時だろう。 オレは、いつの間に寝ちゃったんだろう。 朦朧とする意識の中で、オレがそんなことを思いながら重たい瞼を開けると、ぼやけた視界に雪夜さんの姿が映る。 それだけで安心したオレは、今開けたばかりの瞼を無意識に閉じてしまいそうになるけれど。疲れきった顔をしているのに、オレの頭を撫でて微笑んでくれる雪夜さんに抱き着きたくて、オレは両手を伸ばしていた。 「星、遅くなってごめんな」 「ううん……おかえりなさい、雪夜さん」 オレを抱き締めてくれる雪夜さんから、ふんわり香る甘い煙草の匂い。それに混ざって、今日はアルコールの匂いがするから……オレはちょっとだけ、切ない気分になってしまう。 「お酒飲んで運転しちゃ、ダメです」 「そんな飲んでねぇーし、先輩が代行呼んでくれたから平気」 「そういう問題じゃないです。心配になるから、ダメ……ぁ、んっ…」 どうして大人の食事のお誘いは、お酒もついてくるんだろう。普段の雪夜さんなら絶対に、運転の時はお酒なんて飲まないのに。 優しく重なった唇の温かさを感じつつ、今日はきっと、先輩に飲まされてきたんだとオレは思った。 オレじゃ分からない、大人の付き合い。 恋人や友達と過ごすのとは違う、それとはまた別の社会のルール的なものを感じるから。 オレがいくら背伸びしたって届かない所に、雪夜さんはいるような気がして。 「……寂しかった、です」 ゆっくりと離れていく唇を追いかけて、言わずにいようと思っていた言葉がつい零れてしまう。 だけど。 オレは雪夜さんの淡い色の瞳を見て、言わなきゃよかったと後悔した。思い詰めたような表情をして、雪夜さんから小さく溜め息が漏れる。 そのまま力強く抱き締められたけれど、今日の雪夜さんは少し変だと思った。琥珀色の瞳が、切な気に揺れていたから。 オレの勘に過ぎないだけなら、それでいい……でも、たぶん、オレの勘は当たっていると思う。 お互い無言のまま、抱き合っていて。 いつもなら安心するはずの時間が、なんだか今は心苦しく感じる。 何か言わなきゃって思っているのに、何をどうしたらこの違和感を元に戻せるのか分からなくて、オレは雪夜さんからそっと離れようとしたけれど。 「星、約束……忘れた?」 雪夜さんの腕の中で身じろいでいるオレの耳元で、雪夜さんはそう言って囁いてくる。 「好きなだけ喰っていいっつったの、お前だろ」 「あ……」 忘れていた、なんて言えない。 言えないけれど……今はそういう気分じゃないというか、雪夜さんの雰囲気がいつもと違うことが気になって、オレはそれどころじゃないんだ。 それどころじゃないのに、雪夜さんはオレを軽々と抱き上げ、有無を言わせずベッドに向かってしまった。

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