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第593話
押し倒されたオレの身体は、優しくベッドに受け止められる。
でも。
なんだか今日は、このまま流されちゃいけないような気がするから。オレは、覆いかぶさってくる雪夜さんの胸を両手で強く押し、抵抗してみることにした。
「ぁっ、ん……ちょ、まって!」
「ヤダ」
「ッ……」
力、強い。
こんなの、勝てない。
抵抗するオレの手は雪夜さんに掴まれ、ベッドに縫い付けられてしまう。力じゃ勝てないことなんて、分かりきっていたけれど。こんなふうに、無理矢理押さえつけられたのは初めてだった。
ただ酔っているだけならいいのだけれど、雪夜さんが酔っ払っているところをオレは見たことがない……と、言うことはだ。
「星」
低く艶のある声で、名前を呼ばれ身体がビクつく。オレを見つめる雪夜さんの瞳は、焦りと不安が混ざったような色をしていて、胸が苦しくなる。
こんなに余裕がない雪夜さんを、オレは知らない。押さえつけられた手首に感じる力の強さは、そのことを裏付けているようで。
「んっ、ぁ…んんッ」
求められているのは、いつもと変わらないのに。交わされる口付けの激しさに、オレはついていくことができなかった。
「やっ…やめ、んぁっ」
飲み込みきれない唾液が唇の端から零れ落ち、ざらついた舌の熱さに頭が溶けそうになるけれど。
……この人、絶対何かあった。
ただ酔っているわけじゃないって、オレの勘は確信に変わる。力で勝てなくても、オレはこのまま流されちゃいけないと。首筋まで下りてきたキスを受け入れながらも、オレは雪夜さんに問い掛ける。
「ん…はぁ、雪夜……どう、したの?」
ダメでもイヤでもないオレからの言葉に、雪夜さんの動きが止まり、力が入っていた雪夜さんの手はゆっくりオレの指に絡んできて、オレは少しだけ安心した。
けれど、オレの問いかけに雪夜さんからの返事はなくて。もう一度、オレがどうしたのって尋ねようとした時、消えてしまいそうなくらいの小さな声が聞こえてきた。
「星、俺がいなくなったら……どうする?」
「……え?」
質問を質問で返されて、オレは戸惑ってしまう。オレの勘は正しかったと、そう思う暇もなくて。冗談とか、例え話とか、そんな軽いノリじゃなく、真剣な声色で言われた言葉が胸に刺さる。
……雪夜さんがいなくなるって、どういうこと。
雪夜さんの顔はオレの首筋に埋まったままで、声だけしか聞こえてこない今の状況が、余計にオレの不安感を煽る。
雪夜さんがいなくなるなんて、いやだ。
そう思ったオレは、繋いだ手に力を込めた。
「俺は、お前の傍にいたい。星、せい、ごめんな。俺はッ……俺は、お前を離したくねぇーんだよ」
呟かれた言葉が痛くて、オレの髪は涙で濡れていく。でもそれは、オレの頬を伝うものじゃなくて。今にも壊れてしまいそうな、雪夜さんの涙だった。
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