595 / 735
第595話
……声が、言葉が、全部、痛い。
煙草を吸い終わった後。
雪夜さんは、今想ってることの全てをオレに話してくれた。でも、雪夜さんが泣いた理由も、問われた言葉の意味も理解したオレは、やっぱり何も言えなくて。
海外研修の資料を握りしめ、オレは零れ落ちそうな涙を必死で堪えていた。
半年間、雪夜さんと会えなくなるかもしれない。今、雪夜さんは傍にいるのに、そのことを考えるだけで悲しくて、苦しくて、切なくて、辛くて……言葉なんか、出てこない。
雪夜さんはオレのことを想って、この数日間いっぱい悩んでくれたんだ。けれど、雪夜さんは答えが見つからないまま、オレに触れて限界を迎えたらしい。
言葉にできない想いが溢れて涙することは、悪いことじゃないと思う。オレが雪夜さんの立場だったら、今頃大泣きして目が真っ赤になっているはずだから。
お酒のせいで気が緩んだって、雪夜さんは言っていたけれど。泣いてしまった理由をそう誤魔化し、強がる雪夜さんも好きだからオレは何も言わない。
「星、愛してる」
ただ黙って資料を手にしているオレを、雪夜さんは後ろからそっと抱き締めてくれる。この温もりがなくなってしまったら、どうしよう……オレは、どうしたらいいんだろう。
好きだから。
好きなら、オレは雪夜さんと一緒に答えを見つけ出してあげなきゃいけない。今は、オレが泣いてる暇なんてないんだ。
雪夜さんのために、オレができることを考えなくちゃって思ったら、色んな負の感情がすっと消えていくのが自分でも分かった。
傍にいる今だからこそ、オレは雪夜さんの支えになってあげたい。
海外研修に参加しなくても、コーチの仕事は出来るからって雪夜さんは言ってくれたけれど。こんなに夢が詰まった研修に雪夜さんが行かなかったら、この人は絶対に後悔する。
サッカーに詳しくないオレですら、素敵だと思える研修の内容なんだから。雪夜さんだって、本心では間違いなく行きたいはずなんだ。
それに、せっかく成長できるチャンスを棒に振ってまで、オレと一緒にいる時間を望んでくれたとしても……オレはこの先、雪夜さんに罪悪感を覚えたまま過ごしていくことになると思う。
……オレは、雪夜さんの重荷になんてなりたくない。
半年も会えなかったら、オレは寂しくて泣いちゃうし、まだ決まらない進路だって独りで考えて不安だらけで途方に暮れる。
雪夜さんが作ってくれるご飯も食べられないし、カフェオレも、チョコレートも、煙草の匂いも、この温もりも。一緒に過ごす時間だって、なくなってしまう。
少しの間でも、離れてしまうのはイヤだ。
でも、オレが雪夜さんの夢の邪魔をするのはもっとイヤだ……もうこれ以上、雪夜さんから夢を奪っちゃいけない。
選択肢は、二つしかないんだ。
どっちを選んだらいいかなんて、きっと最初から答えは決まっているから。
……オレが、雪夜さんの背中を押してあげなくちゃ。
ともだちにシェアしよう!