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第598話
それは、柔らかなキスで始まる。
段々と明るさが増していくカーテンの外は、悩んでいた昨日が終わって今日がやってきた何よりの証拠だった。
それでも、過ぎていく時間を気にしている暇はオレと雪夜さんにはないんだ。心も、身体も、オレは雪夜さんを求めている。それは雪夜さんも一緒で、オレを欲して手を伸ばしてくれるから。
これから先、どこにいても、何をしてても、オレのことを思い出して……どうか、どうか忘れないでほしい。そう願うように、ワガママなオレの身体は雪夜さんを感じて。寂しさに素直なオレの心は、気づかれないようにそっと涙を零した。
離れたくない、行かないで、傍にいて。
言いたくても言えない言葉を心に並べて、オレは雪夜さんの温もりを肌で感じていく。
このまま雪夜さんと重なって、消えてしまえたならどれだけいいだろうと思う。そしたらオレは雪夜さんに溶け込んで、本当にひとつになれるのに。
離れなくてもいい未来がほしい。
今、それを望んでも叶うことはないって分かってる。
でも、もしも。
もしも、オレがすっごく小さな小人になったら。雪夜さんの胸ポケットに住み着いて、毎日同じ景色が見られるのかもしれない。
もしも、オレが透明人間になれたなら。
誰にも内緒で、雪夜さんの後を着いていくことができるのかもしれない。
もしも、雪夜さんと溶け合えたなら。
身体が消えて泡になっても、悔いのない人生だったと思えるのかもしれない。
そんな、叶わない夢は沢山ある。
童話のお姫様のように、健気な恋心を持っていたとしても。この世界で叶えられる夢は、自分の手で掴み取ることのできる夢は、ほんの一握りしかない。
ひとつになれるのは一瞬で、それが永遠に続くわけじゃないから。どんなに愛していても、オレは雪夜さんにはなれないんだ。
でも。
だからこそ、手を繋いだりキスができる。
お互い違う人間だから、好きになれるんだってオレは信じたくて。少しだけ汗ばんだ雪夜さんの額に口付けて、オレは雪夜さんを受け入れた。
見に纏う衣服を全て剥ぎ取られ、お互いに産まれたままの姿で抱き合うのは恥ずかしいけれど。でも、とても心地良くて気持ちが良いんだ。
そのうち消えてしまう赤い痕がオレの身体中に散りばめられて、オレは雪夜さんの背中にいくつもの傷をつける。
何度も、何度も。
甘くて優しい波にのまれて、時に激しい快楽に溺れ、その刺激で溢れ出す涙も、声も、吐息も、全てが、熱に変わっていく。
互いに名を呼んで、存在を認め合い、沢山の愛を囁いて……今、この瞬間を身体と心に刻み込む。
それは、それは不思議な夢を見ているような感覚で。ずっとこのまま、雪夜さんと一緒にいられるような気がした。
これが夢なら、覚めないでほしい。
現実だと分かっていても、そう思わずにはいられなくて。意識が途絶えてしまうギリギリまで、オレは雪夜さんに縋り続けていた。
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