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第608話
「ひとりでできるもんって、せいが言えるとは思えないんだけど。あの子、ユキに抱かれるまでそういうことした経験全くないからね」
星の身近にいる兄貴こそ、一番ヤバいヤツだってことを俺はすっかり忘れていた。黒髪にした清楚な王子様からすらすらと出てくる言葉は、清楚さとは無縁のものばかりで。
「せいってさ、自分じゃ全く気づいてないけど、半年もほっといたら誰彼構わず色気振り撒きまくるよ?それじゃなくても、あの子普段から無防備なのに」
「あら、雪夜が死んだわ。本当に星ちゃんには弱いんだから……雪夜、ちょっと貴方しっかりなさいっ!」
こんなこと言われてしっかりできる男なんかいねぇーよと思いつつ、俺はカウンターに突っ伏し、そのまま顔を上げることができない。
星に一人でさせたことなんてねぇーし、させようとも思わねぇーし……かといって半年の間、そのまま放置状態にしたら、星はおそらく、光が言うように誰彼構わず色気を振り撒き出すだろうし。
世の中の大半が、異性を好きになることは分かっているが。そうじゃないヤツもいる……ってか、ここにいるヤツらは全員そうじゃねぇーんだ。
考え出したら止まらない負の連鎖が、頭ん中で映像化されていき、誰かも分からぬ相手に殺意が湧く。そんな俺の気も知らずに、ペラペラ話し出す光の声はとても楽しそうだった。
「せいがユキと、1ヶ月くらい会わなかった時期あったじゃん?あの時だって寂しさ隠しきれてなくて、漂ってるオーラが抱いてくれって訴えてたし」
「星君は、落としやすいだろうしな。本人が嫌がっても力づくでどうにかなるだろうから、可愛い子が嫌がる顔をみたい男が自然と寄ってくるぞ」
「せいは無自覚だけど、あの子煽るの上手いからね。実際に、せいが嫌がる顔ってすごい唆られるんだよ。俺はお兄さんだけどさ、ユキとの賭けで押し倒した時に、この子はヤバいって思ったもん」
星が恐怖する表情は好まない、というよりも。俺は、怯え切った表情を星にさせることがないから。蕩けさせてアイツが泣きじゃくることはあっても、本気で嫌がり涙する姿は見たくないものなのだが。
「あの表情はさ、女抱くより魅力的だよ……まぁ、だからすごい過保護に育ててるんだけど」
この悪魔野郎どもは、一体なんなんだ。
人が黙って聞いてやりゃ、言いたい放題ほざきやがって。
俺が大事にゆっくりと、時間をかけて育てた星くんのド淫乱な一面。それを知るのは俺だけで充分だし、俺以外のヤツに見せるつもりもない。だが、まさかこんなところで不安を煽られることになるなんて、俺は思っていなかった。
……あー、もう。すげぇーイラつくっつーか、息の根止めてやりてぇーわ。
「お前ら、そんなに俺に殺られてぇーのか。そうかそうか、表出ろや……ッ、なにすんだ、ラン」
ボソリと呟き立ち上がった俺の腕を掴んだランは溜め息を吐き、俺の目を真っ直ぐ見て困り果てた表情をしていた。
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