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第609話
「二人とも、貴方と星ちゃんのことを心配してくれてるの。血の気の多い雪夜を久しぶりに見たけど、相変わらずなんだから……雪夜、少しは落ち着きなさい」
「そうだよ、ユキ。ランちゃんの言う通り……ちょっと悪ふざけが過ぎたけど、ユキがいない間のせいを見守るのだって辛いんだからね」
気持ちを落ち着かせるのには、充分過ぎた光の素直な思いが胸に刺さる。
王子の言葉で静まり返った店内。
店にいるのは俺たちだけで、四人ともが黙ってしまえば、流れている柔らかなBGMが一際大きく聴こえてくるだけだった。
そんな重苦しい空気がイヤになり、俺は立ったままの状態でランに背を向けカウンターに寄りかかると、煙草を取り出しジッポで火を点つけた。
このジッポとも半年間さよならだと思いつつ、揺らいでいく煙の行方を見送る。不安と切なさが入り混じり、誰も声を発しない中、場の空気を変えたのはランだった。
「ねぇ、雪夜……貴方がいない間、星ちゃんを私に任せてくれないかしら?」
カウンター越しから聞こえてきたランの声は、驚くほどに優しく暖かなもので。
「光ちゃんにもお願いするわ。貴方たちは今、大事な時期よ。自分のこと、優くんとのこと、光ちゃんが抱え込んでいるものは、とても大きいと思うの。お節介かもしれないけれど……星ちゃんのお兄ちゃんだからって、これ以上貴方が無理をする必要はないのよ」
「ランちゃん……」
「雪夜がいない間、星ちゃんを間近で見守らなきゃならない光ちゃんのことを、優くんは支えてあげてちょうだい。雪夜、貴方は貴方でやるべきことがあるのを忘れてはいけないわ」
ランからの的確な指摘に、俺と優は頷くだけだが。
「ランちゃん、せいをよろしくお願いします」
ランに軽く頭を下げ、そう言った光の声は、少しだけ震えているように思えて。カウンターの下で王子様の手を握った執事は、光の隣でそっと微笑んでいた。
繋がれた手が離れぬよう、優の手を握り返した光。ランからは見えない二人の気持ちのやり取りが、互いの指先に込められていくのを感じる。
それを見て見ぬ振りをして、俺は磨かれた灰皿に煙草の灰を落とし口を開く。
「ラン、ありがとな。星をよろしく頼む……アイツ、お前には懐いてっから、なんかあったらその時は助けてやってほしい」
「任せてちょうだい、きっと大丈夫よ。貴方たちが思っている以上に、星ちゃんは大人になってきているもの。心配しないで、貴方たちは貴方たち自身のことを考えなさい」
中途半端に背伸びをして、大人になった素振りをして。そうして繕ってきた俺たちの弱さをランに見抜かれ、内心ほっとする。
笑顔で隠してきた不安を、曝け出せる場所。
星と二人で穏やかに食事を楽しみ、互いの誕生日を祝ったりした場所。友人が恋人同士だと知らされた場所であり、俺が独りで悩む場所でもある。
此処にランがいてくれれば、星は大丈夫だ。
何の根拠もないけれど、俺はそんなふうに感じていた。
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