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第612話
【星side】
海外に行くって、そう決めてからの雪夜さんの行動は早かった。
週末にオレがいるあいだも、色々な手続きの申請書類を記入していたり、研修に必要な用品を揃えたり。そんな雪夜さんの様子を傍で見守っているうちに、ゴールデンウィークという名の大型連休もあっという間に過ぎ去ってしまって。
オレは五月病にでもなったんじゃないかと思うくらい、学校に通うのが憂鬱だったりする。
「あついよぉ、弘樹ぃ」
「セイ、頼むからエロい声ださないで。来月からあの人いなくなっちまうっつーのに、今からそんなんだと、誰かに襲われてもセイちゃん文句言えねぇよ?」
「だって、暑いんだもん。まだ5月でしょ?春は何処に消えたの、こんなのもう夏じゃん」
学校へ向かうオレの足は、かなり重い。
連休が明けてから就職のガイダンスも受けたけれど、やっぱり決まらない将来の選択にオレは頭を抱えるばかりで。
何かと理由をつけて、オレは今日も何の罪もない弘樹に当り散らし、学校へと歩みを進めていく。
暑さには強い方だと思っていたけれど、こんなに早くから夏の日差しが顔を覗かせるなんて、そんな事情はお天道様から聞いていないから。
オレが暑さに負けそうになり、ネクタイを緩めて制服のシャツのボタンを開けると、隣に並んでいる弘樹は慌てだして立ち止まってしまう。
「ばっかッ、そんな開けちゃダメだろっ!?セイちゃん、キスマ見えてるって……絶妙な位置につけてあんのな、すげぇや」
「あ、ごめん。雪夜さん、見えそうで見えないところに痕つけるのが好きだから……でもコレだと見えちゃうよね、ジャケット脱ぐだけにしとく」
「あー、朝からご馳走様デス。鬱血痕散らばった身体、晒さねぇようにしないとダメだぞ。セイになんかあってみろ、俺があの人に殺される」
「んー、でもオレ男だよ。背だって伸びたし、昔より体力もついたし、西野君みたいに色気があって可愛いわけでもないし。オレは、何処にでもいるただの男子高校生だって」
可愛くて色っぽい女の子なら話は別だけれど、オレは女子高生でもなんでもないんだ。弘樹が心配するようなことなんて、あるわけないと思うのに。
「だからぁ、その考えが甘いんだっつーのッ!!一年の時、軽々俺に押し倒されたの誰だよ?あん時だって、強引にいこうと思えば出来たんだからなッ!?」
なんだかとても懐かしい話を掘り返されて、オレは苦笑いを漏らす。入学当初の保健室で、オレは弘樹から逃げ回ったんだ。あの時も、事の発端は雪夜さんが残した小さな赤い痕だった。今となっては笑い話だけれど、あの頃の弘樹は本気だったっけ。
「そう思うならさ、西野君にしてあげればいいじゃん。オレに対してできたことなのに、西野君にはできないんだ?」
何も考えず、単純に思ったことを口にしたオレは、弘樹に強く腕を掴まれ眉間に皺を寄せる。
「……セイがそこまで言うなら、分かった。お前の考えが甘いってコト、俺が教えてやる」
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