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第613話
弘樹に掴まれたままの腕が痛い。
いつもは通り過ぎるだけの錆びれた公園まで弘樹に無理矢理連れてこられたオレは、やっとの思いで弘樹の手を振り払う。
「ねぇ、ちょっと弘樹っ!?」
爽やかな笑顔も、人懐っこい表情も見せることなく、振り払ったオレの手をもう一度掴み直した弘樹は、冷ややかな声で話し出した。
「セイ、俺が本当にお前以外に惚れると思ってんの?俺はこの時をずーっと待ってたんだよ、あの人がセイから離れる日がくんのをな」
「どう、いう……こと」
弘樹の言っている意味が、オレには分からない。分からないけれど、ジリジリとオレに詰め寄る弘樹の力は想像以上に強くて。なんだか危機感を覚えたオレは、必死に後ずさり、遅すぎる抵抗をしてみるけれど。
「え、いや……待って、待って弘樹ッ!!」
「待たねぇよ、こんなチャンス二度とねぇもん。ほら、セイ……捕まえた」
抵抗も虚しく、公園のトイレの壁に押さえつけられたオレは身動きが取れない。どんどん近づいてくる弘樹の表情を見るのも怖くて、オレは泣き出しそうになってしまう。
弘樹を怒らせてしまったんだと思っても、オレはこの状況が全く理解できなくて。そんなオレを嘲笑い、弘樹はオレが逃げられないように、オレの足のあいだに自らの膝を入れてこじ開けてくる。
「やだッ、やめて……」
こんな弘樹、知らない。
ついこのあいだまで、弘樹は西野君のことで悩んでいたはずなのに。雪夜さんが研修でいなくなる話をした時だって、オレと雪夜さんの幸せを願うよって、はにかんだ笑顔でそう言ってくれたのに。
「セイ、俺が怖い?」
ぎゅっと目を瞑って下を向いたままのオレに、弘樹はそう問い掛けてくる。囁く声に威圧感を覚えたオレは、声も出せずに頷くだけだった。
人通りがない、裏道の公園。
それを一周囲うように、木々が立ち並んでいるのが憎らしい。誰かに助けを求めたくても、周りに人がいる気配はなくて。オレはとにかくこの場から逃げ出そうと、痛む両手をなんとか動かそうと身をよじる。
「……ソレ、逆効果。ついでに言うと煽りまくってんだけど、気づかねぇの?」
上から降ってくる弘樹の声、力強く握られたオレの手に弘樹の指が絡んでくる。
汗ばんでいく肌が気持ち悪く感じるのは、暑さのせいだけじゃない。自分でも分かるくらいに首筋に流れ落ちていく冷や汗は、オレが怯えている証拠だった。
「あの人に抱かれた身体、他のヤツに触られると気持ち悪いとか思ったりすんの?それとも、意外に感じたりすんのかなぁ?」
弘樹が何か言ってるけれど、オレは恐怖でそれどころじゃないんだ。なにがどうなっているのか、さっぱり分からないし、どうするのが正確なのかもオレには分からない。
「なぁ、セイ……もう我慢できねぇから、ここでヤらせろよ」
耳元で囁かれた言葉に、背筋が凍る。
頭も心も、ぐちゃぐちゃで、すごく気持ちが悪いのに。オレは心の中で、雪夜さんの名前を叫ぶことしかできなかった。
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