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第614話
どのくらいのあいだ、オレは弘樹に押さえつけられていたんだろう。恐怖で身体が震えて、堪えていた涙が流れ落ちた時……弘樹はゆっくりと手を離して、オレの頭を優しく撫でてきた。
「……セイ、油断してるとどうなるか分かった?今言ったことは全部ウソ、だから安心して……俺は、セイとあの人の関係を壊したいなんて思ってないよ」
「うぅ…雪夜さんっ、雪夜ぁ…」
さっきまでの弘樹とは別人みたいな優しい対応に、オレはようやく声を出すことができたけれど。ポロポロと流れる涙が止まらなくて、オレはその場に蹲る。
混乱する頭の中を整理しないといけないのに、学校にだって行かなきゃならないのに。オレは自分の膝を抱え込むのがやっとで、立ち上がることができない。
そんなオレの背中を摩りつつ、弘樹はスマホで誰かと話しているみたいだった。
「あ、おはようございます……俺です、弘樹っス。あの、すげぇ申し訳ないんですけど、今から俺を殴りにきてもらえませんか?」
弘樹は誰に何を言っているんだろうと思いながら、オレは動揺を隠せない心を落ち着かせることに専念する。なんだか呼吸が上手くできなくて、まずは涙を止めなくちゃって思うことに必死になった。
「詳しいことは、後で説明します……あ、ハイ……そうなんです。あーっと、居場所はLINEで送るんで……ハイ、よろしくお願いします」
涙を拭い鼻を啜るオレとは違い、弘樹はとても冷静で。通話を終えた弘樹は、まだ使っていない部活用のタオルマフラーをオレに手渡してくれる。
「ごめん、怖かったな。俺が好きなのは悠希だけど、セイも大事だから。セイになんかあったら、心配すんのはあの人だけじゃねぇってこと、しっかり覚えといて」
オレの考えが甘いって、弘樹はそのことを本気で教えようとしたんだ。だからオレにこんなことをしたんだって、なんとなく分かってはきたけれど。
「弘樹のばか……嫌だった、すっごく怖かった」
恐怖心をしっかりと植え付けられたオレは、そう呟きながらも、弘樹の眼を見ることができなかった。
「うん、本当にごめんな……でも、怖くないと意味ないだろ?まぁ、ちょっとやり過ぎちったけどさ……これぐらいやんねぇと、セイちゃん危機感持ってくんないじゃん?」
確かに、そうだったかもしれない。
もし、これが弘樹じゃなくて知らない人だったらと思うと、オレは本当に恐怖しか感じない。
「男だからとか、そういうんじゃなくて。世の中には、変なヤツがいたりすんだぜ?悠希が今まで相手してきたヤツらは、全員そうだったらしいし……セイには危ない目、あってほしくないから」
弘樹の言葉にこくこくと頷き、オレは深呼吸を繰り返す。
「あとな、もう一つ。セイには、知っておいてほしいことがある……俺がソレを見せるから、ちゃんと受け止めてほしいんだ」
弘樹の言った言葉の意味を知りたくて、オレは小さく顔を上げる。でも、いつもの笑顔で微笑む弘樹が何を考えているのか、この時のオレにはよく分からなかった。
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