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第615話

段々と日差しが強くなり、時間が過ぎていくのを感じる。そんな中、公園の前に止まった一台の車から降りてきた人物に、オレは目を丸くした。 緩く結ばれた髪に、黒無地のTシャツとスウェット。どう見ても寝起き姿のその人は、煙草を咥えてオレの元までやってくると、ようやく立ち上がることのできたオレを優しく抱き締めてくれる。 「……雪夜、さん」 掠れた声で名前を呼んだオレに、軽く微笑んでくれた雪夜さんだけど。オレが自分で緩めたネクタイや、開けたままのシャツのボタン。弘樹とのやり取りのせいで乱れた状態の制服を見て、雪夜さんの目つきが変わった。 そのまま何も言わずに、雪夜さんはオレのすぐ傍に立っている弘樹に視線を移し、オレを力強く抱き寄せる。 「……ッ!!」 その、瞬間だった。 雪夜さんの胸に顔を埋めていたオレの耳に響いた鈍い音、そのすぐあとに聞こえてきたのは弘樹の小さな呻き声。砂ぼこりが舞う匂いがして、恐る恐る下を見ると、そこには弘樹が崩れるようにして倒れ込んでいた。 何が起こったのか、驚きと戸惑いが隠せないオレは、倒れた弘樹が心配になって声を掛けようとするけれど。雪夜さんから物凄い殺気を感じて、オレは怯えてしまう。 今が現実だと、思いたくないのに。 雪夜さんは倒れている弘樹の前にしゃがみこむと、弘樹の髪を片手で掴んで無理矢理顔を上げさせ問いかける。 「お前の望み通りにしてやったケド、弘樹……お前、星にナニした?倒れてねぇーでどういうコトか説明しやがれ、クソガキ」 顔を歪め痛みに耐える弘樹は、なかなか雪夜さんの問い掛けにこたえることができないみたいだった。そんな弘樹に雪夜さんは、容赦なく煙草の煙を吹きかける。 「ッ、いってぇ……」 そのまま煙草の火を地面で消した雪夜さんは、吸い殻を弘樹の目の前に転がしてニヒルに笑った。 こんなの、映画のワンシーンとかフィクションでしかないと思っていたオレの目の前で起こる惨劇。その引き金を引いてしまったのはオレなんだと気づいたとき、弘樹が言った言葉の意味が痛いほどよく分かった。 ちゃんと、受け止めてほしいって……弘樹が言ったのは、このことだったんだ。 分かっているつもりでいた。 雪夜さんや弘樹に心配されていることも、大事に思われていることも。でも、それはつもりなだけで、実際に目の当たりにしなくちゃ分からないことがたくさんあったんだ。 大好きな雪夜さんをここまで追い詰めてしまったことも、大事な親友に怪我を負わせてしまったのもオレ自身で。 きっとすべては、オレの軽率な行動が招いたこと。何かが起こってからじゃ遅いということを、弘樹は身を挺して教えてくれたんだと思った。 心の底からごめんなさいと、二人に謝罪の気持ちが込み上げてくる。でも、オレはその思いを言葉にすることができなくて……さっきまでの恐怖感とは違う涙が、オレの頬を伝っていくだけだった。

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