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第616話
倒れたままの弘樹と、突っ立ったまま泣いているオレを見上げて小さく笑った雪夜さん。雪夜さんからはさっきまでの殺気が完全に消えていて、瞳の色も綺麗な琥珀色に戻っていた。
踵を地面につけたまま、足を大きく広げてしゃがみ込んでいる雪夜さんは弘樹に優しく手を差し伸べて。
「いつまでくたばったフリしてんだよ、なんも痛くねぇーだろバカ犬。さっさと立て……ほらよ、これで起きれっか?」
差し出された手を取り、雪夜さんが立ち上がる力を借りて、しっかりと起き上がった弘樹は、雪夜さんに向かい深く頭を下げる。
「ありがとうございます。俺のワガママに付き合ってもらっちゃって……白石さんなら一瞬の判断で、ある程度状況を理解してくれると思ったんっス……はぁ、信じて良かったぁ」
そう言って大きく深呼吸した弘樹の頭を雪夜さんはくしゃくしゃと撫でて、傍にいるオレの肩を抱く。
「……ったく、荒治療にもほどがあんだろ。朝っぱらからナニやってんだバカ、殴ってくれって連絡してくるヤツ、お前しかいねぇーぞ」
「俺は、セイに知っててほしかったんっスよ。自分を大事にしないと、その先どうなるのか……ソレを証明するとなると、俺にはこの方法しか思いつかなかったんです」
雪夜さんに頭を撫でてもらい、ヘラヘラ笑う弘樹は嬉しそうに目を細める。数分前とは打って変わり、びっくりするほど穏やかな空気が漂う二人のやり取りに、オレはついていくことができないけれど。
「あのっ……ぅ、ごめん、なさいっ」
雪夜さんと弘樹に、オレはちゃんと謝らなくちゃって思ったから。オレはポロポロ涙を流しながら、二人に謝罪する。そんなオレの涙を親指で拭って、雪夜さんはポンポンと暖かくオレの背中を撫でてくれていた。
いつもは優しいこの手が、凶器に変わる瞬間。
それを知ったオレは、もう二度とこんなことにならないようにしなきゃって……自分の考えを正しつつ、二人に何度も謝った。
けれど。
全部オレのせいなのに、雪夜さんも弘樹もオレを責めることはなくて。弘樹はニカッと笑顔を見せ、何処にも外傷がないことをオレにアピールする。
「セイ、俺は大丈夫だから。白石さんは加減してくれたし、軽いジャブくらいだったから、本当はそこまで痛くねぇんだよ」
砂で汚れてしまった制服を両手で何度か払いながら、弘樹はそう言うけれど。
「ほん、と?うっ…ぁ、ほん、とに?」
しゃくり上げながらオレが問い掛けると、弘樹は白石さんに目線を移してしまった。
「うん、びっくりさせてごめんな。白石さんがセイに見えねぇようにしてくれたから、俺はわざと倒れ込んだだけ。その後は……まぁ、なんつーか、予定通りにって感じで」
「なんの打ち合わせもされてねぇーけどな、とりあえずガチでキレた感じでお願いしますってLINEされても意味分かんねぇーよ」
オレを柔らかく包み込むように、抱き締めてくれる雪夜さん。状況が全く呑み込めないオレに、弘樹はバツの悪そうな顔をして、事の経緯をゆっくり説明してくれた。
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