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第619話

弘樹の気持ちも知らないで、この仔猫はまったく……と、内心思う俺がいる。しかしながら、それだけ弘樹には心を許している証拠だ。親友としての弘樹を、星はとても大事に思っているから。 「セイに悪気がないのは、俺も分かってました。でも、なんかモヤモヤして……もうイチかバチか、この時に賭けてみようと思ったんです」 親友の好き、初恋の好き。 失恋の傷みに、無理矢理塞いだ恋心は複雑だったのだろう。星の傍にいることを望んだ弘樹の選択は、一番の友として星を支えることだったけれど。 西野の存在が、そんな弘樹の心を動かした。 良くも悪くも、弘樹はバカだから……西野の気持ちに真っ直ぐに応えられない自分が嫌になり、それでも気づかぬフリをして今まで繕ってきて。 それも星のひと言で限界を迎えてしまい、頭で考えても分からないから行動に移した弘樹。突拍子もないことをしやがってとは思うが、手っ取り早く答えが出るなら良かったのかもしれない。 「警戒心なんてまったくなくて、俺の言葉簡単に信じちゃって……やっぱりセイはすげぇ可愛いし、俺が支えてやりたいって心の底から思うけど。でもそれは、もう恋じゃねぇんだって実感しました」 呟くようにそう言った弘樹は、視線を窓の外に移して儚げな笑みを零す。そんな弘樹の表情は、音もなく終わりが訪れていた恋心に今度こそ、別れを告げているように思えた。 「今の俺は、白石さんのことが好きなセイが好きなんです。同じ好きでも意味が違うコト、やっと分かった気がします」 「お前の中で、答えが出たならそんでいい」 きっと、星への気持ちが特別なものなのは変わらない。弘樹の中ではいつまでも、星は初恋の相手として淡い記憶と共に存在していくと思う。ただ弘樹は、前に進むことのできなかった自分自身に区切りをつけたから。 普段は汗を拭うたむのタオルマフラーが、今日だけは涙を受け止めるためのものに変わり、その役目を果たした時。泣き止んだ弘樹は、ミラー越しで男らしく笑っていた。 「……俺、白石さんに微笑むセイの笑顔が大好きなんです。白石さんがいなかったら、セイはあの顔してくれないから……半年、俺も待ってます。セイと一緒に、俺は悠希の恋人として……俺は、セイの一番の親友っス!」 「うっせぇーよ、星が起きちまうだろ。でもまぁ、ありがとな、弘樹」 「白石さん……俺、白石さん大好きっス!!」 「だからッ、お前は声がでけぇーんだっつーの。もうちょい待っとけ、お前が嫌ってほど叫べる場所まで連れてってやっから」 「あ、じゃあもう少し俺の話聞いてください。あの、俺まだ悠希とキス以上のコトしてないんですけど、なんか気持ちがスッキリしたらソレ以上のコトもできるような気がしてきたんっスよね」 「お前単純だな、知ってたけど」 泣いた後の照れ隠しで、おかしな話をする弘樹。相変わらずバカ正直なこの男が、この時だけは少しだけ可愛く思えた。

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