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第623話
星がいるだけで、こんなにも安心できる。
重ねられた手に指を絡めれば、この時が永遠のように愛おしく感じるけれど。
「アーッ、ミスったッ!!」
俺達の雰囲気をぶち壊す弘樹の声が響き、俺は星と顔を見合わせ笑ってしまう。でも、これも小さな幸せだと実感した俺達は、コツンと額を当て笑い合った後、弘樹へと視線を移した。
「あのバカ、完全に集中切れてんじゃねぇーか」
一つ一つの動きを丁寧かつ正確に行うことが重要視される練習法は、トラップが苦手な弘樹にとって体力が奪われるトレーニングだ。集中力と判断能力、もちろんそれに伴う技術力も必要なため、練習を開始したものの数分で息を切らし始めていた弘樹は、その場で大の字になって倒れ込んでいた。
「弘樹は一度決めたら、人の言うこと聞かないから……本当は今すぐにでも、西野君に想いを伝えたいんだと思いますよ?」
絡めた指はそのままに、そう言って微笑む星は天使だ。できればずっとこの手を離したくはないが、そうも言っていられない未来が俺達を待っている。
「悠希ーッ!はーるーきーッ!!」
そんな俺達の気持ちを知ってか知らずか、思い立ったが吉日のバカ犬は西野のことで頭がいっぱいのようで。地べたに転がった状態で、弘樹は西野の名前を何度か叫び、その後一人でヘラヘラと笑っていた。
おかしな弘樹の様子に呆れた星くんは、すげぇー冷めた眼差しで弘樹を見つめると、俺の肩にもたれかかって溜息を吐く。
「雪夜さん、弘樹が壊れてます」
星の艶やかな髪が首筋に触れ、柔らかく香ってくる星の愛らしい匂いに、俺の頬が緩むけれど。壊れた弘樹の姿を眺め、俺はなんとなく弘樹の気持ちも分かってしまい、苦笑いを洩らした。
「……あー、ここなら何してても自由だからいいんじゃねぇーの。なんつーか、叫びたくなる気持ちは分からんでもねぇーしな」
「そうなんですか?え、じゃあ雪夜さんも、弘樹みたいにオレの名前を叫んで笑うの?」
「いや、そういうコトじゃねぇーんだけど」
真ん丸の大きな瞳で俺を見て問い掛けてくる星くんに、俺は曖昧な答えしか返せない。こればっかりは、上手く説明できるものでもなく、きっと星には理解されない男心なのだろうと思った。
有り余るアドレナリンを声として撒き散らし、なんだかんだで幸せそうな弘樹。西野に告白するならいい場所があるからと、車内で弘樹に伝えておいた場所に、このバカ犬は行く気でいるんだろう。
「あのバカ送った後、ランの店でも行くか?」
弘樹に構うのは、これくらいで充分だ。
そろそろ星くんとの時間を本格的に楽しみたい俺は、星にそう尋ねた。
答えがYESなことも、嬉しそうに笑う表情も。ランの店に着いたら何を食うか悩みに悩み、二人でシェアしながら食事をすることも分かっていて。
それでも訊いてしまうのは、そんな星の姿が見たいと思う俺がいるからなんだろう。
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