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第629話
「兄ちゃん、兄ちゃん起きて」
日々の疲れが溜まっているのか、オレのベッドで眠りに就いてしまった兄ちゃん。きゅっとブランケットを握って丸まって眠る兄ちゃんの姿は、昔と変わらないなって思うけれど。
「……すぐ、る」
少しだけ兄ちゃんの肩を揺らし、オレが兄ちゃんを起こそうとすると、兄ちゃんはまだ夢の中のようで。小さく優さんの名前を呼んだ兄ちゃんは、瞳を閉じたまま起きてはくれなかった。
知っているようで知らない兄ちゃんの交友関係や、日々の生活。仲は悪くない……と言うより、良過ぎる方だとは思うけれど。兄弟だからって、恋人のように色々知ってるわけじゃないから。
兄ちゃんの我が儘をどんな時でも受け入れてくれる優さんに、今の兄ちゃんを抱き締めてあげてほしいなって……オレは、純粋にそう思ってしまった。
きっと、兄ちゃんが抱えている問題は、オレがどうにかしてあげられるものじゃないんだと思う。兄ちゃんが寝ている今だって、兄ちゃんのスマホにひっきりなしにLINEが届いているんだ。
ホーム画面に表示され続けている通知は、光くん大好きの言葉とハートマーク。このLINEの相手が、兄ちゃんを甘ったるい匂いに変えてしまった人物なのかもしれない。
根拠はないけれど、なんだかそう感じたオレの胸はきゅっと切ない気持ちになってしまう。
優さんはこのことに気づいているのかなとか、兄ちゃんが隠したままでいるのかなとか。兄ちゃんと優さんの付き合いに、オレは口出ししないって決めたけれど。
優さんと一緒にいる兄ちゃんは、素直に応援出来るのに。今の兄ちゃんは、このLINEの相手に取られてしまったような気がして、オレはなんとなく気に入らない。
オレの兄ちゃんは、幸せに笑っていてほしい。
王子様を繕う兄ちゃんが、唯一心を許せる相手の前で笑う姿が好きだから。
どんなに意地の悪いことをもされても、遊ばれていることを最初から分かっていても。拗ねることも、怒ることもなく、ただ兄ちゃんの全てを受け入れ、包み込んでくれる人物がいる。
そんな人は、優さんしかいないんだから。
オレだって、兄ちゃんが大好きなんだから。
誰かも分からぬLINEの相手に、オレは敵対心を感じてしまって溜め息が漏れた。
オレが雪夜さんと一緒にいると、オレはとても幸せそうに笑うって、兄ちゃんはオレにそう言ってくれるけれど。兄ちゃんだって、優さんと一緒にいる時が一番幸せそうに笑っていることに気づいてほしい。
今だって、兄ちゃんが求めているのは優さんただ一人だけなのに。
「もう、うるさい……兄ちゃんの幸せを、壊さないでよ」
眠っている兄ちゃんには、届かない言葉。
自分でもよく分からない嫉妬心に、苛立ちを感じる。
部屋に響くバイブレーションの音を聞きたくなくて、オレは兄ちゃんのスマホを持ち、眠る兄ちゃんを自室に残して、兄ちゃんの部屋に入っていったんだ。
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