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第630話
久しぶりに入った、兄ちゃんの部屋。
中学に上がる前までは、ここがオレの部屋だったけれど。ぬいぐるみとか、漫画本とかがあるオレの部屋とは違う、大人な雰囲気の室内。
ベッドの上にやたらと転がるクッションが五つもあって、なんだか不思議に感じたけれど。そんなことよりも、あまりに生活感のない部屋でオレはびっくりしてしまった。
同じ家で生活しているはずなのに、兄ちゃんの部屋は殺風景で。海外へ行くからと、荷物の整理をしている雪夜さんの部屋よりも、兄ちゃんの部屋はどこか孤独に感じてしまうんだ。
雪夜さんのお家は、とっても綺麗でオシャレだけど、生活感は結構ある。家具の色はモノトーンが多かったり、キッチンだっていつもピカピカだったりするけれど、それでも雪夜さんの部屋の方が暖かく感じる。
そんなことを思いながら、オレは丸いテーブルの上に兄ちゃんのスマホをそっと置き、部屋から出ようとした。けれどその時、オレの視界に入ってきたのは、何枚かの写真が貼り付けられたコルクボードだったから。
吸い寄せられるように、オレはそのコルクボードに近づいていく。そこには、兄ちゃんの高校時代を写した写真が何枚か貼られていた。
学ラン姿の優さんの横で、楽しそうに微笑む兄ちゃんの写真や、今よりずっと怠そうに煙草を咥えてカメラを睨みつける雪夜さんの写真もある。
そのどれもが青春って感じの写真で、オレの頬は少しだけ緩むけれど。学ランの中にカッターシャツを着ているのは優さんだけで、兄ちゃんはパーカーだし、雪夜さんはまず制服すら着ていない。
「やっぱり、やんちゃさんだったんじゃん……この人」
つい洩れてしまった独り言に、自分自身で苦笑いする。今、オレはこの時の兄ちゃん達と同い年なのに……今の自分と比べると、大人っぽい三人の姿は昔から変わらないのかなって思った。
兄ちゃんの中では、この時が一番楽しい時間だったのかもしない。色が感じられないこの部屋で、唯一明かりが灯る場所は、このコルクボードだけのような気がする。
きっと、この時の兄ちゃんも。
今みたいに、知らない女の人と関係があったんだろうけれど。今よりも楽しそうに笑っている兄ちゃんが、とても幸せそうに見えて。
この時の兄ちゃんに戻れるなら、オレがそのキッカケを作ってあげられたらって……今の兄ちゃんが、幸せそうに笑う顔がみたいなってオレは思ったんだ。
オレに、何ができるだろう。
優さんにしかできないことがあるみたいに、オレにしかできないことだって、きっとあるはずなんだ。
小さい頃から、ずっと一緒だった兄ちゃん。
いっぱい支えて貰って、たくさん慰めて貰って……その恩返しができるなら、オレは雪夜さんがいなくても一人で頑張れるようにならなくちゃいけない。
まずは、オレがしっかりしなきゃダメだから。
大好きな雪夜さんと兄ちゃんのために、オレは自分自身のことをちゃんとしていこうって心に決めたんだ。
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