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第631話
【雪夜side】
春も通り過ぎ、気がつけば梅雨入りが発表された6月の上旬。日本を経つ数日前に、俺はどうしても会わなきゃならない相手と食事をしている最中だ。
「やーちゃんが、半年間も海外行くとはなぁ……車は預かってやっけど、家はどうすんだ?」
「家は、とりあえずそのままにしとく。仔猫が合鍵持ってっから、家の換気とかは仔猫がしてくれるコトになってんだよ」
「あぁ、なるほど。遠距離恋愛ご苦労、やーちゃん」
俺が会わなきゃならない相手、それはもちろん星くんだって言いたいところだが。兄貴の飛鳥に車を預けておかなければ、さすがに半年放置はキツいから。
元はと言えば飛鳥の車だし、ソレを取りに来るためだけに兄貴が俺に会うワケもなく。
「遠距離ならオンラインセックスか、いくらリアルタイムで相手が画面の向こう側にいるからって、観てるだけじゃなーんも興奮しねぇんだよなぁ……アレの楽しみ方が、俺にはよく分かんねぇ」
各テーブルが個室になっている地味にお高い和食料理屋に連れて来られたはいいが、話の内容がクソ過ぎる。兄貴の味覚は間違いないし、料理も美味けりゃ酒も美味いのに。
向こうに行ったら日本食が恋しくなるんだろうかとか、そんなことを考える余裕もなく兄貴から振られる話題に、俺は嫌々応えていく。
「誰がんなコトすっかよ、研修行くっつってんだろ。兄貴の頭ん中と、俺の脳内を一緒にすんな」
お互い座布団の上で胡座をかいて、砕けた雰囲気なのは気を遣わなくていい証拠だが。それにしてもこの兄貴は、暇があったら腰振って盛ってんじゃねぇーかと思ってしまうくらいにアホだった。
「じゃあやーちゃんは、可愛い子猫とやらに半年間お預けさせんのか?それはそれで鬼畜っちゃ鬼畜かもしんねぇわ、さすが俺の弟」
「うぜぇーし、意味分かんねぇーよ。もう喋んな、変態……兄貴はんなコトしねぇーでも、好きな時に好きな様に女抱けんじゃねぇーか」
「あぁー、まぁー、なぁー」
どんだけ間延びさて答えてんだ、このクソ兄貴。飛鳥の飲酒運転には慣れっ子だし、そもそもこの兄貴は光以上に酒に強ぇーから飲んでてもなんも思わねぇーけど。
俺と同じ色の瞳が怪し気に揺れ、ニヤリと笑った飛鳥は酒を片手に締めていたネクタイを解きつつ俺を見る。チラリと覗く鎖骨のホクロを視界に入れぬように目を逸らした俺に、飛鳥は低くやけにエロい声で呟いた。
「んー、やーちゃんの子猫と遊んでやろうか?俺どうせ日本にいるし、あ……俺って天才だわ。その時の声お前に聞かせてやるよ、寝取られプレイなら悪くねぇだろ」
「調子乗んなよ、クズが。仔猫は俺だけのモノ、んなプレイなんかいらねぇーし、興味ねぇーっつーの。今すぐ死ね、変態」
そうは言いつつ、光にも指摘されたことを兄貴にも突っ込まれ、俺の悩みの種は大きく育っていくばかりだ。
半年間ヤれなくても死にはしないが、星が持つ無自覚な色気は本当に危うい。
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